source : 2018.07.27 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 (クリックで引用開閉)
■「国民の経済負担は計り知れない」
ドイツのエネルギー政策に関する話題を二つ。
まず、6月11日のEUの経済閣僚理事会で、興味深い動きがあった。EUの全エネルギー消費における再生可能エネルギーのシェアの目標を、2030年で35%と定めようとしたら、ドイツの経済・エネルギー大臣、アルトマイヤー氏が、それにブレーキをかけたのだ。
ドイツの全エネルギーの最終消費における再エネのシェアは、現在15%だ。発電部門では2017年、すでに36%のシェアに達しているが、熱部門は13%、運輸は5%強。つまり、新しいEU目標値35%のためには、今の15%を倍以上に伸ばさなければならない。家電製品はもっと省電し、家屋はもっと断熱し、全車の12%は電化する。すべてはまだ夢の中のお話っぽい。
そこで、アルトマイヤー氏は言った。
「ドイツは現在、再エネのシェア15%達成のために年間250億ユーロを費やしている。それを2030年までに倍増すれば、国民の経済負担は計り知れない」
「火力をなくすことはできない」
ちなみに、氏は第2次メルケル政権で環境大臣を務めた。また、他の政治家がバラ色のエネルギー転換政策(脱原発、再エネ推進、省エネ)を推進していたころから、コストの爆発に警鐘を鳴らしていた数少ない政治家の一人だ。
ドイツのエネルギー転換には、すでに莫大なお金が掛かっている。緑の党は2011年、これによる国民負担は1ヵ月にせいぜいアイスクリーム一個分だと言った。しかし、2017年、国民の電気料金に乗せられている再エネ推進のための賦課金は、四人家族ですでに1ヵ月3500円を超えている。
これが本来の電気代にプラスされるわけだから、ドイツの電気代はEU内で2番目に高い。家庭用の電気代はフランスの約2倍だ。しかも、まだ上がる。
こうなると、いくら理想を語るのが好きなドイツ人も、こんなはずではなかったと思い始めた。
とはいうものの、アルトマイヤー氏の発言は、脱原発に舵を切り、国際会議では環境大国と胸を張り、再エネの拡大に向かって自国民にも他国民にも発破をかけてきたドイツにすれば、異色だった。ほとんど「敗北宣言」と言ってもよい。
もちろん、この背景には、これ以上、無理な目標値を掲げるべきではないという思いがあったに違いない。再エネがこれだけ増加したのに、ドイツは京都議定書で挙げた2020年のCO2削減目標を達成できないこともわかっている。そのうえ、また新たな実現不能アドバルーンを打ち上げれば、確実に国民の信用を失ってしまう。
しかし、案の定すぐに、環境団体と電力業界が噛み付いた。環境派にしてみれば、アルトマイヤー氏は再エネ推進を妨害するけしからん大臣だ。
一方、電力事業者の上部組織であるBDEW(ドイツ電気・水道連合)は、以前、メルケル首相が独断に近い形で脱原発を決めた時には、その性急さを責めたが、最近では、政府の対策のノロさに怒りを隠せない。エネルギー政策の破綻はすでに明らかなのに、抜本的な修正が未だになされないからだ。
今年3月に第4次メルケル政権が始まった時、エネルギー転換の元祖、ライナー・バーケが辞めた。バーケというのは緑の党員で、ここ20年近く絶大な力でドイツのエネルギー政策を主導してきた人物だ。エネルギー転換の青写真は、彼が引いたと言っても過言ではない。
そのバーケ氏が撤退したため、ドイツのエネルギー政策が速やかに修正されるかと思われたが、そうはならず、政策はふらついただけ。BDEWが痺れを切らすのも無理はない。
■電力の自由化は、両刃の剣
さて、もう一つの話題。
4月27日付のこの欄で、ドイツで今年2月の末、時計が一斉に遅れた話を書いた。テレビや電子レンジなどに付いているデジタル時計だ。
それまで知らなかったのだが、電気器具に内蔵されている時計は、電気の周波数を利用して時を刻んでいるという。ところが、正確であるはずの周波数が落ちたため、これらの時計が軒並み、数日で6分も遅れた。それもヨーロッパ大陸のほぼ全域で。
大寒波での電気不足が原因だったと、ドイツでは報道された。私は、それを当コラムで報告したのだった。
ところが、すぐに読者の何人かから、「周波数が低くなった原因は電気の逼迫ではなく、コソボなど一部の国が意図的にインバランスを出し続けていたせいだ」という情報をいただいた。欧州の送電会社連合ENTSO-Eがそう言ったらしい。
ただ、コソボというのはGDPが72億ドルほどの小さな国で、電力需要は最大でも100万kW程度。ドイツの70分の1以下だ。この小国のせいでヨーロッパの広域で周波数が狂った? それはあり得ない事のように思えた。そこで、当時、訂正は出さず、結果が出たら続報を書くと追記を出すにとどめた。
6月になり、ようやく日本エネルギー経済研究所による検証結果が出た。それによれば、2月末の大寒波のためヨーロッパ広域で電力が逼迫していた。そこにコソボの無責任な行動が重なり、大幅な周波数低下が生じた可能性があるとのこと。
EUでは送電線が張り巡らされ、電気が自由に取引されているが、安定供給を保つために需給を監視する組織がない。だから、全体として足りているのかどうかかがわかりにくい。何か起こっても、責任の在りかさえうやむやになりかねず、今回、コソボのインバランスが認識されたあとも、危機回避の指示がないまま、1ヵ月も放置されていたという。
こうなると、私が体験した時計の遅れは、やはり電力逼迫のせいであったろう。普段なら周波数の揺れなどすぐに調整するが、このときはそれどころではないほどカツカツだったと、当時、ドイツのニュースでも言っていた。
なお、この時期、ドイツは電気を輸出していたので、電気が足りなかったはずはないという情報もいただいたが、そのころちょうど、フランスやイタリアで電気の価格が高騰していたことがわかっている。つまり、ドイツの送電会社が儲けを狙って、電気を輸出に回していたことも考えられる。
なぜ、そう考えたかというと、実は、以前、寒波でフランスの電気が不足し、値段が高騰したときに、ドイツの業者がフランスに電気を売り続け、自国の安定供給を危機に陥れたと非難されたことがあったからだ。自由化市場では、そういうことが起こりうる。
土砂崩れなどで電力施設にも大きな被害の出た今回の日本の中国地方の豪雨災害では、各電力会社が人や発電機車などを出して、採算度外視でその復旧を助けた。現在、電力会社は災害時に備え、相互応援の協定を結んでいる。
しかし、今後、自由化が進み、電力会社間の価格競争がさらに激化したら、これも当たり前のことではなくなるかもしれない。電力の自由化は、両刃の剣だ。
さて、これをもって、ヨーロッパ大陸で時計が遅れた件については、本コラムでは一応終止符を打ちたい。ただ、7月にも、やはり1分の遅れが認められているそうなので、周波数の乱れは解決したわけではない。
というわけで、今後もドイツのエネルギー事情については、引き続き、報告を続けていくつもりですので、よろしくお願い致します。
0 Comments :
View Comments :: Click!!
0 Comments :
Post a Comment :: Click!!
コメントを投稿