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2017/06/02


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【追悼 坂井泉水 永遠の歌姫の真実】ZARD・坂井泉水がただ一度だけ見せた悲しみの涙

 source : 2017.06.01 AERA dot. (クリックで引用記事開閉)




ZARDのヴォーカル・坂井泉水さんがヒット曲を連発した全盛期を陰で支えたスタッフのひとりが、ZARDの宣伝販促の担当であり、撮影や海外ロケに同行するなど、マネージャー的な役割も果たしていたA&Rの小林さゆ里さんだ。担当となった当時は新人で音楽業界のことを右も左もわからないど素人だったが、坂井さんは快く受け入れてくれた。そんな小林さんが目撃した坂井さんの涙とは――。

「どうして、あの時、もっときちんと話をしなかったのだろう」
「どうして、あの時、すぐにその場を去ってしまったのだろう」

1990年代に坂井泉水さんのA&Rを務めた小林さゆ里さんは、今も悔やんでいる。

「2006年のことです。会社のエントランスでぼうっと歩いていたら、正面から来た女性とぶつかりそうになりました」

あわてて謝った。

「すみません!」

頭を下げ、顔を上げたら、坂井さんだった。

「お疲れ様です!」

大声で挨拶して、驚きのあまりあわててその場を去った。

「担当でなくなって何年も経っていましたけれど、坂井さんは私にとって永遠にリスペクトの対象です。驚き過ぎてお話が出来なかった。まさかそれが最後になるなんて思っていませんでした」

坂井さんは2007年5月27日に、入院中の転落事故で他界し、それと直接的な関係はないが、その後小林さんは音楽業界を離れて生活をしている。

小林さんが坂井さんの担当になったのは1993年4月。「負けないで」が大ヒットした直後だ。その年の1月にZARDが所属するレコード会社兼プロダクション、ビーイングに入社し、3カ月目に内示を受けた。

「明日から君はZARDの担当だ。今、坂井さんがスタジオに来ているから、挨拶してきて」

上司に言われるまま挨拶に行った。

「若かったし、音楽業界は初めてだったので、ZARDの宣伝担当になることに何も疑問を持たず、さしたる不安も覚えず、スタジオに向かいました」

写真で見ていた坂井さんに対する小林さんの印象はもの静かな女性。伏し目がちの、どちらかというと沈んだ表情のカットしか目にしたことがなかったからだ。

しかし、スタジオには、白いセーター姿の輝くような坂井泉水がいた。

「CDジャケットよりもはるかに美しくて、驚きました。ZARDの初期は特にロック色の強い曲も多かったけれど、坂井さんの容姿からはさほどは感じませんでした」

小林さんの年齢は坂井さんよりも1つ下。同世代だったせいもあり、とても気さくに話しかけてくれた。

「ブレーク直後の大切な所属アーティストの担当にド新人を付けた会社の判断にもびっくりですけれど、音楽業界について右も左もわからないド素人同然の私を快く受け入れてくれた坂井さんの度量の大きさにも驚きました。とても丁寧な言葉で、優しい話し方で、すごくうれしい気持ちになったことを覚えています。ちなみにその日、坂井さんが着ていたセーターは、後に『揺れる想い』の映像でも見ることができます。同性から見てもどきどきするほどのかわいらしさでした」

そんな坂井さんが悲しみの涙を流す姿を小林さんは一度だけ目撃した。週刊誌やスポーツ紙で坂井さんがデビュー前、レースクイーンやモデルをしていたことが取り沙汰されることもあったのだが、ある時事実と異なる記事が掲載された。

「坂井さんはZARD以前の自分の活動については、それも自分のキャリアの一部だとそのまま受け入れていました。ただ、事実ではない中傷記事がスポーツ紙に大きな見出しになったときは、涙がこらえきれなかったようです。私たちに泣き顔を見せたくなかったのでしょう、しばらく化粧室から出てきませんでした。それが、私がただ一度だけ見た、坂井さんの悲しみの涙です」

■女性アーティストではあり得ない行動で驚かす




大ヒットを続けるZARDであったが、本人稼働によるプロモーションはほとんどなかった。

「ZARDのスケジュールは制作主導です。坂井さんは歌詞を書き、時には翌日にレコーディングし、数日後にはジャケットやプロモーション用の撮影を行います。過密スケジュールなので、プロモーション稼働の時間はとれません。本人稼働なしで、タイアップでオンエアされるTVサイズの短いZARDの音源をもって、販促や営業を行っていました。テレビや新聞や雑誌などでメディアのインタビューに対応するのは最小限です。当然、プロモーション担当や営業担当はとても苦労します。本人稼働がないとプロモーション展開は厳しいなどと本当によく言われていて、アーティスト担当の私と現場をまわるスタッフたちは日々せめぎ合っていました。ただ、今になって思うのは、ZARDとしての制作主導のあり方がこんなに多くの素晴らしい作品を世の中に残してくれた。それは間違っていなかったんです」

音楽業界に入るや即、小林さんは大ヒットを連発しているアーティストの担当になり、1998年春に異動になるまで、坂井さんとともに怒涛の日々を送った。

「レコーディングの時は“無”になるんです」

坂井さんはいつも、小林さんに話した。

「“無”になるのはレコーディングだけでなく、撮影や海外ロケの時にも感じました。レコーディングで言えば、坂井さんは歌に集中するために心をニュートラルにするように努めていました。そして、坂井さんが“無”になれるように、スタッフも環境を整えていました。レコーディングエンジニアの島田勝弘さんは早い時間にスタジオに入り、坂井さんの好きなグッズや喉を傷めないための加湿器を用意しました。撮影の時の楽屋もレコーディングスタジオ同様にリラックスできる空間作りを心掛けていて、ふだん夜型の暮らしをしている坂井さんがくつろげるように、ソファや女性ファッション誌などを用意しました。坂井さんの苦手な乾燥を避けるために楽屋でも本人が入るかなり前から加湿器をつけておくのですが、壁が水滴だらけになっていたこともありました(笑)」

また、プロモーション映像のシューティングや海外ロケの時にはこんなことも。

「楽屋からなかなか出ないこともありました。撮影の準備が整っても、心の準備がまだだったのでしょう」

楽屋の中は坂井さんと小林さんの2人だけ。そんなとき、小林さんは坂井さんの肩をほぐすためにマッサージをした。すると、やがて、

「行きます!」

坂井さんは自分に喝を入れるように声を上げ、撮影現場に向かっていく。

「緊張というよりも“無”という状態を作っていたのかなと。だからこそこの時間は重要だったのかと思います」

そしてこんなこともあった。

「1度、メークの濃さが気になった撮影がありました。自然体の坂井さんのイメージとは少し違っていたのです」

総合プロデューサーの長戸大幸氏が指摘すると、坂井さんは女性アーティストでは、ふつうはありあえない行動をとった。

「その場でパシャパシャと洗顔して、すっぴんになったのです」

担当になりたてだった小林さんはあっけにとられた。しかし、坂井さんは、なにもなかったかのように撮影を続けた。

「即すっぴんになった坂井さんの覚悟にも驚きましたけれど、すっぴんでカメラの照明やレフ板に輝く坂井さんの美しさにも驚かされました」

普段の坂井さんもすっぴんかナチュラルメークだった。

「事務所もスタジオも六本木にあったので、移動はいつも徒歩でした。そういうときの坂井さんは、デニム、Tシャツ、キャップというラフなスタイルです。キャップは目深にかぶって、アーティストオーラを消します。それでも、モデル事務所のスカウトマンに頻繁に声をかけられていました」

その場ですっぴんになって撮影に臨んだエピソードが象徴するように、坂井さんはいつも覚悟のある女性だった。

■カラオケでリクエストされた『揺れる想い』







「クルマを運転する撮影のときは、どうしようかと思いました」

小林さんは慌てた。というのも、坂井さんはペーパードライバーで、ふだんはまったくハンドルを握っていなかったのだ。

「当日は、坂井さんだけではなく、私たちもものすごく緊張しました。危険があったら、クルマを体で止める覚悟でした」

しかし、運動能力の高い坂井さんは、最初は戸惑っていたものの、すぐに自動車教習所時代の感覚をとりもどす。心配するスタッフたちの前を涼しい顔で、時には笑顔を浮かべてハンドルを切り、通り過ぎて行った。

坂井さんは、自分を支えるスタッフに囲まれている時には心をほどいた。

「ロンドン・ロケの時にみんなでカラオケに出かけました。坂井さんが仕切って、それぞれが歌う曲を決めていました」

小林さんへのリクエストは「揺れる想い」だった。

「まさか坂井さんご本人の前で歌うことになるとは思いませんでした(笑)」

予想外のことだったが、そこは担当として断るわけにはいかない。

「覚悟を決めて、歌いました。この時、お店にいた日本人旅行者のグループが坂井さんに気付いて、ZARDの曲を歌っていて、日本から遠く離れたヨーロッパで響く自分の歌に、坂井さんはうれしそうにしていました」

感謝の気持ちは、坂井さんはいつも文字でつづってくれた。

「自筆の温かいメッセージカードをいつもいただきました。その1通1通は今も大切にもっています」

坂井さんは、ファンからの手紙への思いも特別に強かった。

「ファンレターも大切にしていました。メディアへの露出が少なく、ライヴもほとんどやらず、リスナーとの接触がなかったからかもしれません。ファンレターはいつもじっくりと読んでいました」

読みながらとてもうれしそうな表情を浮かべていた。

そんな坂井さんは2004年に初めてのツアーを行い、ファンの前に立った。

小林さんは会場でその光景を目にしてつぶやいた。

「やっとファンに皆さんに会えましたね」







1998年、社内で担当替えがあり、小林さんはZARDの担当から離れる。

「担当を離れる時には、坂井さんがオフィスを訪ねてくださいました。シャンパンと手紙を手に。ところが私は外出中で、お目にかかれず、申し訳ない気持ちになったことを覚えています」

その後小林さんはZARDのプロモーションも行ったが、坂井さん本人のメディアへの稼働はなく、接触はなかった。

「再会したのは担当を離れてから8年後です。坂井さんが社内で打ち合わせをしてクルマで帰られるタイミングに居合わせて、ほかの社員と一緒にお見送りしました。エントランスですれ違ったのはその後です。あの時は2人だけだったのに、まともに会話ができなかったことが悔やまれます」

坂井さんの歌声は、小林さんの中で今も響いている。

「同世代だったからかもしれませんが、坂井さんとご一緒していた時期も、その後も、いつの時代もZARDの歌詞に共感して、感銘を受けています。今もZARDの曲に触れることは多く、私が音楽業界を離れたからかもしれませんが、坂井さんは存在しているように感じています。今この時も、スタジオにこもって歌っている、と。それは、おそらく、坂井さん亡き後も、長戸プロデューサーをはじめスタッフのかたがたが、存命中の坂井さんの作品や思いを大切に守っているからでしょう」

小林さんが特に好きなZARDのナンバーは「きっと忘れない」「明日を夢見て」「君とのふれあい」。

「『きっと忘れない』は、私が25歳のときに初めてフルサイズの音源を聴いて、仕事が手につかないほど心が震えました。『明日を夢見て』は、2004年のツアーで、坂井さんがステージで歌う姿を初めて見て、スタッフたちと涙を流しました。ずっと夢見ていた瞬間だったからです。『君とのふれあい』での語りかけるような坂井さんの歌唱も大好き。坂井さんのキャリア終盤の曲ですが、なぜかA&Rとして仕事でご一緒していた1990年代のがむしゃらだった自分を思い出します」

坂井さんが作詞家として、ほかのアーティストに提供した曲もよく聴いた。

「坂井さんが男性アーティストに書いた作品には、自立している夢を持つ女性がよく登場するからです」

DEENの「瞳そらさないで」、FIELD OF VIEWの「DAN DAN 心魅かれてく」など。

「ちょうど、精神的にも経済的にも自立する女性が目立ち始めた時代の作品です。ひょっとすると、それは坂井さん自身だったのかもしれません。というのも、音楽と向き合っているときの坂井さんには、男性的な強さを感じました。もし坂井さんが存命していたら、さらに表現の場を広げ、今頃は美人エッセイストとしても活躍していたのではないでしょうか」


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