source : 2016.09.23 現代ビジネス (ボタンクリックで引用記事が開閉)
■EU加盟国に深まる溝
9月14日、欧州委員会の委員長ユンケル氏が、欧州議会において、EUの現状をテーマに基調講演を行った。EUは、その翌々日16日に、首脳会合を控えていたため、いわばその地ならしである。
居並ぶEU議員を前に、「EUの溝はかつてないほど大きく、存続が危ぶまれるほどの危機状態である」とぶったユンケル氏。しかし、聞いている議員たちは、「だったら皆で頑張ろう」とはならず、「そうそう、その通り」と言わんばかりに白けていた。
欧州委員会というのは、EUの政策を実行する機関、いわば「EUの政府」だ。その長であるユンケル氏は、もちろん強大な権力を握っているが、彼自身の巷の評判はあまり良くない。結局、議員たちの士気は鼓舞されず、拍手パラパラ。
しかも同日すぐ、大手経済誌 WirtschaftsWoche のオンライン版に、この講演についての辛辣な批判が載った。タイトルは「もはやユンケルはふさわしい人間ではない」。
source : WirtschaftsWoche, 14. September 2016 (ボタンクリックで引用記事が開閉)
世の中はこの20年間で大きく変わり、以前は想像さえ付かなかったような問題がEUを襲っている。なのに、「この男はますます前時代の化石の様相を強めている」。「重病患者を前にしたとき、二つの方法がある。治療を変えるか、あるいは、いままでの薬の量を増やすかだ」。
ユンケル氏の思考は、ヨーロッパがどんどん大きくなっていくと信じられていた時代に留まっている。つまり、時代に沿った改革などできず、誤った薬を増やすだけ。90年代、ルクセンブルク首相として、コール独首相、シラク仏大統領などとともにEUを作り上げた立役者を、ここまで批判する記事は珍しい。
「ヨーロッパは一つ」は確かに美しい理念ではあるが、各国はいま、それどころではない。そもそもEUの利益というのが曖昧すぎる。自由? 民主主義? 豊かで平和な暮らし?
EU各国が団結するには、実質的な共通の利害が必要だ。そうすれば、それが足し算されて、EUの利益になる。しかし、どこも自国は火の車で、難民がどんどんやってくる。そんなときに、このような理想のために奮励する政治家はいない。
そもそも、団結したいなら、ここまで加盟国を増やしたのは間違いではなかったか。28ヵ国の共通の利害はついに見つからず、EUはいま、1国抜けて27ヵ国になってしまった。
■ドイツが招いた各国の右傾化
現在、EUには二つの大きな亀裂があり、どちらも原因を作ったのはドイツだ(と、少なくともEUの多くの国々は思っている)。
亀裂①は債務危機。
ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、そしてフランスが、地獄のような不景気に陥ってすでに久しい。これらの国々では、今や4人に1人が失業しており、若年層の失業率が50%近い国もある。
ところが、“借金はまかりならぬ”と一貫して彼らに厳しい金融引き締め政策を強いてきたのがドイツだった。市場に出回っているお金を増やさずに、どうやって景気を回復すればよいのか?
そのドイツの失業率は4.2%で、記録的な低さ。しかも2014年以来、プライマリーバランス(歳入と歳出のバランス)ゼロを達成している。こんな状態で、ドイツに対する不満が出ない方がおかしい。
亀裂②は難民。
難民問題は以前よりあったが、2015年秋、メルケル首相がダブリン協定(EUにおける難民政策についての協定)を無視して、突然「難民ようこそ政策」を敷いたことで、深刻な局面を迎えた。
現在の危急の問題は、ドイツへ行こうとギリシャやイタリアまではたどり着いたものの、その先の国々が国境を閉じているため、行き場を失ってしまった難民だ(少なく見積もっても16万人)。ギリシャもイタリアもすでにお手上げ状態。
そこでドイツが、EUの連帯を盾に、それらの難民を皆で手分けして引き受けようと言い出したので、EU東部で反乱が起こった。「ドイツが勝手に呼び込んだ難民だ。自分たちで引き取れ」と。
一人勝ちドイツが「EUの連帯」を持ち出すことが不快でしようがない国は、今、EUにはたくさんある。
これらEUの不協和音は、各国に右派を台頭させた。すでにEU議会でも、先日Brexitを達成した「イギリス独立党」や、フランスのマリーヌ・ル・ペン氏の「国民戦線」が議席を持っている。彼らの目標はユンケル氏と反対で、EUをなるべく小さく留め、各国の独立と主権を取り戻すことだ。
矛盾するようだが、この不満は、一人勝ちしているはずのドイツでも急激にふくれあがってきている。主原因はやはりメルケル氏の難民政策。その勢いで、AfD(ドイツの選択肢)という右派の政党が急伸している。右傾化はEU全体の傾向だ。
ドイツの既成政党とメディアは、AfDを反民主主義の大衆扇動政党のように扱うが、立ち位置はフランスの「国民戦線」と変わりない。
州議会での躍進は華々しく、そろそろAfDの評価を変えないと、支持している国民に失礼だ。ベルリンの市議会選挙の後、「AfDの支持者は労働者層と失業者」というニュースが流されたのには、メディアの悪意を感じた。
■EU首脳会議での冷遇(?)
さて16日、スロバキアの首都、ブラティスラヴァで行われたEU首脳会議はどうであったか? イギリスのEU離脱が決まってから初めての首脳会議だ。
その夜のニュースは開口一番、「EU首脳が同じボートに乗りました!」
“同じボートに乗る”という表現は、ドイツ語でも“呉越同舟”の意味になるため、予想外の進展があったのかと思えば、何のことはない、首脳たちがドナウ川下りの船の中で会議をしていただけだった。ドイツ人得意の辛口ユーモアだ。
映像を見る限り、沈鬱な空気は濃く、同じ船には乗っているものの、利害を共にしそうには見えない。運命共同体となるにはドナウ川では無理だろう。難民のように小舟で地中海まで出なくては。
結局、この会議で決まったのは、EU国境の防衛の強化と、経済破綻国への失業対策援助など。失業対策は南欧の国々をなだめるためだろう。その他、EUの軍隊を統合して総司令部を作るなどという話も入っていたが、こちらの真意は不明。NATOの弱体化? 英米へのあてつけ?
いずれにしても、不協和音の元であった難民分配は綺麗に抜け落ちている。喧嘩をしないためには、その元を断てばよいということか。
しかし会議後、レンツィ伊首相は共同記者会見を拒絶、「我々の意見が一致したかのように見せかけるな」と取材陣に欲求不満をぶちまけた。
驚くべくは発表された記念写真。普段なら必ず前列の真ん中あたりにいるはずのメルケル首相が2列目にいて、その前には東欧組の背の高い政治家が壁のように立ちはだかっている。しかも、平地での撮影のため、メルケル首相は完全に隠れてしまって見えない。信じられない写真だ。
外交上のしきたりから言えば、首相歴の長い彼女には特等席が与えられて当然なので、これはメルケル首相冷遇を世に示すための異例の計らいか? 反メルケル包囲網は、EUでもドイツ国内でも、だんだん狭まってきている。
■ベルリン市議会選でも惨敗
その2日後の9月18日は、ベルリンの市議会選挙だった(ベルリンは特別市なので州扱い)。
9月4日のメクレンブルク−フォーポマーンの州議会選挙でAfDが躍進し、メルケル氏のCDUが大敗したことはすでに書いたが、この日、ベルリンでもCDUは歴史的な惨敗を喫した。SPD(社民党)は第1党を保ったものの、こちらもかなりの墜落。伸びたのは、やはりAfDだった。
翌19日のメルケル首相の記者会見は衝撃的だった。2週間前は、自分の難民政策は間違っていなかったと言い張っていた彼女が、ついに失敗を認めた。2015年に起こったことは二度と繰り返してはならない。「我々はできる!」は“空虚な言葉”であったと。
国民としては、「突然、そう言われても……」という感じであるが、豹変の真意はいずこに? ひょっとすると、この“懺悔”でまき直し、来年の総選挙に突入するつもり?
いずれにしても、EUもドイツも大混乱。まさに“欧州の天地は複雑怪奇なり”である。
それはそうと、EUサミットの集合写真は、見れば見るほど哀れで、図らずも私の脳裏には、ここにいないイギリスの政治家たちが高笑いしている姿が浮かんでしまった。
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