今年は戦後70年ということで、日本の歴史問題が話題になっている。日本の歴史問題は、東京裁判史観に源があるが、具体的な起源は1982年の「第1次教科書事件」である。
この時、まず日本のマスコミが「文部省が教科書検定で『侵略』を『進出』に書き換えさせた」という誤報を一斉に流した。これを受け、中韓両国が日本政府に抗議したのだが、当時の鈴木善幸政権は真実を貫こうとせず、中韓の不当な要求に屈服してしまった。
以後、一貫してこの「屈辱のメカニズム」で各種の歴史問題が発生し、日本政府はその都度、謝罪してきた。中韓は完全に味をしめ、何度も蒸し返して現在に至っているのである。
この間、日本を批判する理屈として、同じ敗戦国のドイツと比較する方法が考え出された。「ドイツは反省したが、日本は反省していない」という“神話”である。
朝日新聞は94年、歴史学者の栗屋憲太郎著『戦争責任・戦後責任 日本とドイツはどう違うか』(朝日選書)を出版した。また、西ドイツのシュミット元首相による「中国や韓国の対日不信の根源が、19世紀後半から20世紀前半にかけての日本の行動にあったことを学んでいない人もいる」(2006年12月5日朝刊)などの批判をたびたび掲載した。
こうなると、中韓もドイツカードを利用するようになる。中国側は南京事件をナチスのユダヤ人虐殺になぞらえ、韓国側に至っては慰安婦問題をホロコーストと同じだと言い出し、ニューヨークのタイムズ・スクウェアーに大広告を出した。
ところで、朝日新聞は今年1月19日と同月26日の夕刊で「歴史認識の根っこ-ドイツ編・上下」として、金沢大学の仲正昌樹教授が比較的客観的なことを語っている。
ドイツではヒトラーの第三帝国が解体したため、以前の国家体制はゼロとして、ナチスに責任を負わせることができたこと。また、ドイツはホロコーストの犠牲者への国家補償以外の戦時補償は行っていないこと-などが説明されている。そして、「一貫した歴史政策を積み重ねてきたドイツの『したたかさ』を学ぶべきだ」と結論づけている。
では、現実の歴史問題で、日本とドイツは何が違うのであろうか。
まず、相手国の態度が違う。ドイツの侵略を受けたヨーロッパの国々は、ごく最近、ギリシャの新首相が賠償を言い出したが、中韓のような非常識なことは言わない。
そして、何よりも国内事情が違う。日本の決定的不幸は、日本や日本人を貶めることによって、自分たちが正義の立場にいるように振る舞うような「虐日日本人」の広汎な存在である。
2015/02/20
Posted
2015/02/20
Posted
source : 2015.02.19 zakzak (クリックで引用記事開閉)
韓国大統領 月山明博(李明博)の…天皇陛下への「不敬発言」
痛惜の念などという単語一つを言いに来るのなら、来る必要はない。
日王は韓国民に心から土下座したいのなら来い。
重罪人にするように手足を縛って頭を足で踏んで地面に擦り付けて謝らせてやる。
重罪人が土下座もしない、言葉で謝るだけならふざけた話だ。
そんな馬鹿な話は通用しない。
それなら入国は許さないぞ。
日王は韓国民に心から土下座したいのなら来い。
重罪人にするように手足を縛って頭を足で踏んで地面に擦り付けて謝らせてやる。
重罪人が土下座もしない、言葉で謝るだけならふざけた話だ。
そんな馬鹿な話は通用しない。
それなら入国は許さないぞ。
0 Comments :
View Comments :: Click!!
0 Comments :
Post a Comment :: Click!!
コメントを投稿