source : 2013.08.01 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
かつて中ソ国境紛争の舞台だったアムール川(中国名・黒竜江)。ロシア全土の大豆生産の50%を占めるアムール州は「極東の穀倉地帯」と称される。国境が画定された大河を越え、中国人が広大な農地を求めて続々とロシアに渡っている。アムール州政府が今年から出稼ぎ中国人による農業を禁じたにもかかわらずだ。
「後ろめたいことは何もしていません。何でも聞いて下さい。お答えします」
真っ黒に日焼けした身長160センチの丸顔小太り。せり出した腹をピンクのポロシャツに包んだ中国人農場経営者、蘇少苑(50)は自信たっぷりだ。
蘇は対岸の中国・黒河市出身。州都ブラゴベシチェンスクから車で3時間半のロムニンスキー地区ベルヒネベーレで2000ヘクタールの農場を運営する。黒河でも300ヘクタールの農場で大豆を生産する。ロシアで農場経営を始めたのは3年前。「ロシア人パートナーに恵まれ、水源に近い黄金の肥沃な土地を探し当てた」からだった。
パートナー名義で会社を設立し、農地を安価で借り受けた。農場は形式上、共同経営だがロシア人は実務に関与しない。パートナーと組むのはロシア人の方が農地を借りやすく、税負担も少ないうえ、国からの補助金も受けられるためだ。
初期投資として中国の政府系銀行から低利で約350万ドルの融資を受け、米国の農業機械メーカーのコンバインやトラクターを購入し持ち込んだ。
約10人の中国人を使って昨年までは1000ヘクタールで大豆を栽培。1ヘクタールあたり1・5トンの収穫があった。獲れた大豆はロシア市場に出荷しているが、1キロあたり1ドルで取り引きされるため、年間1500トンの収穫で約150万ドルを売り上げた。
土地の賃貸料やパートナーへの分配金、人件費などを差し引いても100万から120万ドルは残る。借入金350万ドルは3年間で返済した。
蘇には土地の所有権も賃貸権もない。投資した農機具の所有権もない。パートナーとトラブルにならないのだろうか-。
「絶対に裏切られない信頼関係を築き、崩壊しない“スキーム”を作ったから大丈夫」と話す。黒河市農業局幹部でもある蘇は10数年にわたり、州政府と密接な関係を築いてきたという。州政府の強力な支援があることをうかがわせた。
出稼ぎ中国人による農業が禁止されたため、種まきはロシア人労働者が担当したものの、農機具の技術担当として労働ビザを取得した中国人は「派遣社員」として、電気もガスもトイレもないソ連時代の作業小屋に5カ月間寝泊まりしながら、昨年までと同様寸暇を惜しんで働き続けている。
その中の一人は「ロシアでの収入は中国の5倍から10倍になる。ウォッカを飲む暇もない」と話す。
極東では違法農薬を使用したり、不法滞在している中国人の摘発が相次ぐが、蘇のように「合法的」に大規模農業経営を続ける中国人は少なくない。アムール州だけでも10人はいるという。違法農薬は一切使用していないと強調する蘇はこう言い切った。
「私の成功をみて、同様に積極投資する中国人は100%増えます。この大地は魅力的だから」
(2)中国化するシベリア 露は日本と両天秤も「中国抜きでは…」
source : 2013.08.01 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
「エッ、まだ中国人がいたのですか」
中国人農場経営者、蘇少苑が経営する農場からわずか5キロ、ロシア極東アムール州ロムニンスキー地区ノボラシカで、北海道銀行が開設した日本農場を訪れた同行アグリビジネス推進室の上席研究員、内山誠一は驚きを隠せなかった。州政府からは中国人を排除したと聞いていたからだ。
道銀は北海道と気候が似ている極東で、農業など日本の先進技術を生かした寒冷地ビジネスが展開できると判断。耕作放棄地での農業に参入した。
極東の各地方政府は農業発展に日本が参加することを望んでいる。中国からの投資が増えすぎたことへの警戒感が背景にある。
4月末に首相、安倍晋三の訪露に同行した頭取、堰八義博はアムール州政府と農業の協力で覚書を交わした。現地の農業企業(ウラジミール農場)と大豆、ソバを生産する共同プロジェクトだ。今年は土地100ヘクタールに大豆、300ヘクタールにソバの種を蒔いた。
農場を開設したのは5月中旬。6月下旬から7月初旬まで再訪した内山は「種が予想していた以上に生育していた。土地のポテンシャルが高い。大豆生産に適していることがわかった」と手応えを感じた。
今年中に出資会社を設立。ロシア企業と合弁で現地法人を設立して来年は耕作地を千ヘクタールに拡大する。
ただ、州政府は日本にラブコールを送る一方で、蘇のような有力な中国人起業家に農場経営を続けさせている。“二枚舌”ともいえるロシア側の対応には、人口減少による荒廃への苦悩が垣間見える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ソ連崩壊で国家指令に基づく集団農業体制が壊滅、極東住民への割り増し給与も支給されなくなり、集団農業をしていた人たちは次々と離れた。極東連邦管区の住民は628万人でソ連末期から2割減少。極東はロシア全体の面積の36%を占めるにもかかわらず、人口は全体(1億4200万人)の4・44%しかない。国連の人口報告書によれば、2025年には470万人まで減少する。
極東ではソ連崩壊後、大量の耕作地が放棄された。それに目をつけたのが隣国の中国人だった。人口約4千万人の黒竜江省には大量な労働力があまっている。
中国人農民がロシアに出稼ぎするようになったのは中露関係が改善した1990年代ごろから。ロシア政府も中国農民による土地賃貸を認め、中国人労働力に期待をかけた。
中国人に農業の門戸を開放し続けるユダヤ自治州では、休耕地の約4割で中国人が農業を営む。このまま進めば、中国人自治州に名前が変わるのでは、とまでいわれる。ロシア在住中国人は急増しており、公式には45万人だが、一説には500万人ともいわれる。
ところが、急増した中国人の一部は短期間で収穫を上げようと大量の化学肥料や禁止殺虫剤、殺菌剤などを使用する「収奪農法」を繰り返した。アムール州やクラスノヤルスク地方などは今年から出稼ぎ中国人による農業を禁止、違法農薬使用や不法滞在の中国人摘発に乗り出したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「自分勝手なやり方で土地を荒らす中国人に飲み込まれる危機感がある。しかし極東は中国なくして開発出来ない。そこでバランスを取るため日本に投資と技術移転を求めている」
シベリアの現状について地元有力紙「アムルスキー・プラウダ」の解説委員、アンドレイ・アムヒノンはこう説明する。
中国人経営の農場が増える背景にロシア地方政府当局者が受け取るリベートがあるとの見方も少なくない。中露ビジネスのコンサルタントを行うロシア人、ヴィタリー・コワリョフは「中国人は川(国境)を渡る前から誰にどのくらいリベートを贈るか準備している。リベートは基本中の基本。ロシアの役人は中国人に貸した方がいいと考える」と指摘する。
道銀に続き、7月下旬、極東で農場開設を検討する日本企業が現地を視察した。日本では極東の農業開発に参加する機運が広がりつつあるが、ソ連時代から日露経済協力に関わってきた関係筋は、こうした動きに釘を刺す。
「ロシアが望む極東開発に参加することは日露関係を好転させ、北方領土交渉の環境整備にもつながる。しかしロシアは日本だけを頼っているわけではない。あまり深入りするべきではない」
(3)中国化するシベリア 渡り鳥農民の生活…ごちそうはカップ麺
source : 2013.08.01 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
7月中旬のある午後。中国最北部の町の一つ、黒竜江省黒河市の税関の広々としたホールはガランとしていた。窓口は一つしか空いていない。大きな荷物を抱えた数人のロシア人が談笑しながら、わずか10分でたどり着くロシアへの船を待っていた。
「いまはロシア人買い物客しかいないが、毎年3月と11月には、ここは『候鳥(渡り鳥)農民』でいっぱいになる」と、税関で小売業を営む中年女性店員は話す。
「候鳥農民」。地元では、毎年春にロシアに渡って農作業し、冬に帰国する中国の出稼ぎ労働者のことをこう呼ぶ。
極東地域はキュウリやトマトなどの野菜が少ないため、1990年代は中国の相場の約50倍の高値で売買されていた。これに商機を見いだした中国人農民は、候鳥農民となってロシアに行き、ビニールハウスで野菜を栽培し始め、親戚や友人などを次々と呼び寄せ、規模を拡大させた。
中国メディアによれば、2012年現在、極東地域で取引されている野菜の約9割は中国人が栽培したものだ。平均価格は中国国内の相場の約2倍までに下がったという。
中国人は農業だけではなく、森林伐採、養豚や養鶏、建設業にも進出し、極東経済への影響力を拡大させている。
黒河市郊外で小さなスーパーを経営する王留鎖(41)は、2年前まで「候鳥農民」だったが、大病をきっかけにやめた。
王によると、候鳥農民だった頃は、毎日朝から夜まで約15時間もビニールハウスのなかで働き続けた。テレビなどの娯楽は一切なく、「まるで奴隷のような生活だった」。
食べ物はジャガイモが中心で口に合わない。最高のごちそうは中国から持参したカップラーメンだが、数に限りがあるため、仲間の誕生日など特別の日にみんなで食べた。
平均月収は約5千元(約8万円)。中国国内で農民をやっていたときの約5倍だ。野菜の値段によって上下することもあった。
一番の悩みは、中国人に敵意をむき出しにするロシア当局者による嫌がらせ。ビザが急に発給されなくなったり、法外の金を要求したりするほか、突然ビニールハウスの場所の変更を求められたこともあった。
唯一の楽しみは、野菜を売るとき、市場で地元の女性と話すことだった。
「中国人には働き者が多く、酒もほとんど飲まず、お金も少しあるからロシア人女性にもてる」
仲間のなかには、ロシア人女性と結婚したのは3人もいるという。「だから私たちはロシアの男に嫌われたのだ」と言って笑った。
(4)中国、富士山の水資源にも触手…自国の飲料水は「信用できない」
source : 2013.08.02 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
富士山を望む静岡県御殿場市。この地を拠点に外資系企業を相手に水ビジネスのコンサルタントをする勝間田仁(60)の元には度々、中国系企業から電話がかかってくる。
「水の工場を造りたい」「井戸付きの土地を探している」「ペットボトル入りの水を買いたい」
流暢な日本語を操り接触してくる中には怪しげな業者もある。詳細な企業概要を送るよう頼んだり、会って話を聞こうとするとピタリと連絡が途絶える。こうした電話は多いときは1日50件以上にのぼるという。
自然豊かな富士山周辺は国内で生産されるミネラルウオーターの約半分を賄う地下水の宝庫でもある。日本の水を狙う中国系企業の触手は、世界遺産に登録されたばかりの富士山にも伸びているのだ。
■水道水に劣る
背景には中国の劣悪な水事情がある。それを象徴する“事件”が起きた。
今年3月、中国でペットボトル入りの水を売る有名ブランド「農夫山泉」について、北京紙、京華時報が「農夫山泉の水源地は汚染されており、水質は水道水にも劣る」と、連日のように報じ始めたのだった。
農夫山泉の水源地は長江(揚子江)の支流にあたる漢江の上流で、湖北省丹江口市のダム付近にある。農夫山泉側は、別の中国紙に独自の水質検査結果を公表し、「報道はライバル会社が仕掛けたわなで、自社製品の品質にはまったく問題ない」などと反論した。
泥仕合が続いたが、ネット上で「結局、中国の飲料水はどれも信用できない。消費者不在の不毛な論争だ」と反発が強まり、水源の汚染問題は白黒つかないうちに立ち消えとなった。
■豚の死骸1万匹
上海でも市民を驚かせる出来事が起きた。租界時代の欧風建築物を水面に映しながら流れる黄浦江は上海市の水源でもあるが、3月に1万匹を超える豚の死骸が市中心部近くに流れ着いた。上流の浙江省の養豚業者が、病死した豚の処理に困って投棄したのだった。
ほぼ同時期に中国では鳥インフルエンザウイルス(H7N9)感染が広がっていた。住民に不安が広がるなか、上海市当局は「回収した豚の死骸からウイルスなどは発見されず、水道水にも問題はない」と火消しに走った。
■中国で高い信頼
「水や食の安全」をめぐる問題は、中国ではあいまいなまま消し去られることが少なくない。それだけに厳しい安全管理のもとで生産される日本の水は、中国でも高い信頼性を持つ。
勝間田は「中国人にとって富士山や北海道の水はプレミアムウオーターとして人気が高い」と話す。ビジネスにつなげようと、中国系企業が日本の水源地を狙うのは当然の成り行きなのだ。
(5)「石油より高い」狙われる日本の水…中国はあらゆる手段を使う
source : 2013.08.02 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
数年前から、中国を始め外資系企業による森林の買収が表面化している。表向きの購入目的はリゾート開発や資産保有などだが、本当の狙いは地下に眠る水資源にあるともされる。
林野庁と国土交通省の調査では、平成18年から24年にかけて、外国資本に買収された森林は68件で計801ヘクタール。東京ドーム約170個分に相当する土地が外国の手に渡っていたのだ。
日本には地下水を飲み水としてくみ上げることを制限する法律はない。自治体が独自に制限をかけるケースはあるが、原則として土地の所有者であれば、自由に井戸を掘って水をくみ上げられる。外資による森林買収が水目当てと目される理由がここにある。
林野庁の調査は「氷山の一角」との見方が強い。水ビジネスのコンサルタント、勝間田仁によると、林野庁の調査では富士山周辺の森林は買収されていないことになっているが、実際は静岡県内の約1万坪の土地が、日本企業を介して中国系の企業に渡っている事例があるという。
勝間田は語る。
「中国の企業は欲しいと思ったらあらゆる手段を使う。日本企業と手を組んだり帰化した人が購入すれば中国資本か分からない」
財務省の貿易統計でも、中国への飲料水の輸出は急増している。平成15年は約8万リットルだった輸出量が、24年には300万リットルを超えた。特に24年の輸出量の伸びは顕著で、前年の3倍近くまで増えている。
問題は誰が輸出しているのかは正確には把握できていないことだ。日本ミネラルウォーター協会も「大手メーカーが中国に輸出しているという話は聞いたことがない」と首をかしげる。
以前飲料水の輸出を行っていたという日本人男性によると、東日本大震災が発生した際、国内では一時的にペットボトルの水が不足した。それに乗じ、水ブローカーや水ビジネスを始める国内外の業者が急増したことがある。男性は「国内の水の供給が安定したため、こうした人たちが販路を求めて中国に輸出し始めたのではないか」と話す。
宮崎県小林市に本社工場を置く「フレッシュアクアジャパン」も、今年5月に営業許可を取得、ミネラルウオーターの輸出を始めた新規参入企業だ。
緑深い霧島山系の中腹にある同社の倉庫には、500ミリペットボトルのミネラルウオーターが入った段ボール箱が山積にされていた。その数約80万本。すべて中国向けに出荷される予定になっている。
同社は市内で温泉施設を経営していた社長、中村憲一(63)が、豊富な地下水に着目して立ち上げた企業。震災後に乱立した業者とは一線を画すが、「水は石油より高く売れる貴重な資源」と、水の輸出はビジネスチャンスと捉える。
懸念されるのは乱開発だ。無計画なくみ上げは地盤沈下や地下水の枯渇につながる恐れもある。中村は「自らの首を絞めることにもなるし、そんなことは絶対にしない」と話す。地下水の取水量は市が条例で制限を設けており、同社としても地下水位を定期的に調べるなど細心の注意を払っているという。
しかし、これが実態不明な外国資本だと、話は違う。環境や資源の事情などお構いなしに、取れるだけの地下水をくみ出す可能性もあるからだ。水問題に詳しいジャーナリストの橋本淳司(46)は監視強化の必要性を説く。
「日本の水を大量に持ち出しているのは誰か実態が把握できないまま、貿易統計の数字が増えている状況は非常に気持ち悪い。規制を自治体任せにせず国はもっと危機感を持つべきだ」
昨年3月には米国家情報長官室が「世界の水資源が2040年には限界に達する」という報告書をまとめた。日本人が考える以上に世界の水事情は危機的だ。
水を奪い合う“水戦争”が現実味を帯びる中、日本は水資源をどう守り、どう活用するのかが問われている。
(6)「最高の食べ物」中国人、豚肉への特別な思い…米企業買収を狙う
source : 2013.08.03 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
米国の首都ワシントンDCから南に車で3時間ほど。チェサピーク湾河口そばに位置するバージニア州スミスフィールド市では最近、ダークスーツに身を包んだ男性らが闊歩する姿が散見される。人口1万人に満たない地方都市に不釣り合いな面々は金融都市ニューヨークからの訪問客だ。
■供給追いつかぬ中国
彼らはスミスフィールド市に本拠地を置く世界最大の豚肉生産企業、米スミスフィールド・フーズに雇われたM&A(合併・買収)を専門とする銀行家、弁護士、広報マンらである。
同社は今年5月、中国食肉大手の双匯(そうかい)国際から47億ドル(約4700億円)で買収提案を受けた。ところが米議会などから「待った」がかかっているため、対応策を協議しているのだ。
双匯は経済成長に食の供給が追いつかない中国の豚肉調達元としてスミスフィールドに注目した。上海の食品業界関係者によると、食用に飼育されている豚は世界で約10億匹で、このうち半分の5億匹前後は中国で占められる。2位以下の米国やブラジルなどとは大きく差が開いている。
■庶民の最高の食べ物
なぜ米国の会社を買収しようとしているのか。そこには豚に対する中国人の特別な思いが詰まっている。
「貧しかった子供のころ、1年に1回、12月26日にだけ配給があった豚肉が最高のごちそうだったね」
上海郊外に暮らす50代の男性は遠くを見るような目で話した。
1950年代から70年代にかけ、毛沢東が提唱した経済建設運動の大躍進、大衆を動員した政治権力闘争の文化大革命が吹き荒れた中国。庶民は飢餓に苦しんだが「豚の角煮」が大好物だった毛沢東の誕生日である12月26日だけは違った。
「豚肉こそが最高の食べ物だと思うようになった」と、この男性はいう。
中国では古来、豚の飼育が行われ、食文化に根付いてきた。毛沢東の「豚の角煮」好きも、肉といえば豚肉を指す食文化の延長線上にあった。宴席から家庭料理まで、中国では豚肉を使わない食事は考えにくい。
7月14日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、双匯によるスミスフィールド買収計画をこう表現した。
「われわれは石油を必要とするが、彼ら(中国人)は豚肉を必要とする」
(7)「メード・イン・チャイナには気をつけろ」食の安全、揺れる米国
source : 2013.08.03 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
「米国における『食』のサプライチェーンはどうなるのですか?」
7月10日、米食肉大手スミスフィールド・フーズの最高経営責任者(CEO)、ラリー・ポープは米上院農林委員会でつるし上げられていた。スミスフィールドが中国の食肉大手・双匯(そうかい)国際傘下となった後も、「食の安全性」が保たれるのかが、議員たちの関心の的となった。
買収後もCEOの地位が保証されていると噂されるポープは、引き続き米国内の高い食品安全性基準を保っていくと強調した。
ポープによると、海外勢のM&A(買収・合併)が米国の安全保障を損ねないかを調べる対米外国投資委員会(CFIUS)が、スミスフィールド買収を審査し始めたという。
食品に限らず、米国では中国製品の安全性について頻繁に議論が交わされてきた。中でも問題となったのは、2007年に米玩具大手マテルが大量リコール(自主回収)した問題だ。
中国製の玩具に、基準を超える鉛の塗料が使われていたことが明らかになり、マテルは玩具の世界的なリコールを迫られた。これを機に米国民の間では「メード・イン・チャイナ(中国製)には気をつけろ」との機運が急速に高まった。
スミスフィールド買収も「マテル事件」が影を落としている。「(豚肉製品の)製造、検査、流通の方法に変更はない」とポープは主張しているが、「米食品医薬品局(FDA)と農務省をCFIUSの審査に参加させるべきだ」との声が米議員の間で強まった。
品質管理技術といった知的財産の保全だけでなく、「食の安全保障」が懸念されているのだ。
皮肉にも、ポープが議会証言した7月10日は米中が外交・経済問題について話し合う第5回戦略・経済対話が開催された日だった。米中政府は相互の投資促進を加速させることで一致したが、スミスフィールド買収における米議会の反応を見る限り、両国はまだ同床異夢にあるようだ。
■衛生管理技術狙い
買収に立ちはだかるのは米議会だけではない。スミスフィールドの大株主の米投資会社スターボード・バリュー社も双匯による買収提案受け入れを拒否。「双匯の提案した買収価格(1株当たり34ドル)は安すぎる。スミスフィールドを会社分割して部門ごとに売却すれば、もっと高い値段で会社を売れる」と主張した。スミスフィールド経営陣に対する、一種の敵対的提案である。
スターボードは典型的な「もの言うヘッジファンド」で、スミスフィールドを自ら経営するつもりはない。
スターボードが自身の財務助言会社に支払う手数料は、「スターボードが保有するスミスフィールド株の上昇率」に連動している。双匯への買収に異議を唱えることで、より高い値段で双匯がスミスフィールドを買い取ってくれる可能性に賭けているのだ。
双匯による買収価格引き上げシナリオの実現性にスターボードが自信を持つのには理由がある。「中国の国家プロジェクトとしての買収計画」(米大手法律事務所幹部)として、双匯が引くに引けない状態にあるとみているからだ。
買収資金の半分程度を中国銀行が提供するほか、双匯としてはスミスフィールドが築いてきた衛生管理技術も欲しているとされる。
英誌エコノミスト系シンクタンク、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)によると、米国は生産能力や技術面で世界でも最も食品の安全が保証されているが、中国は42位にとどまっている。
中国国内における、疫病の発生防止技術の開発は中国の国策。同技術を自社開発するよりは、買収によって手に入れたほうが手っ取り早いというわけだ。
ただ、豚肉の生産・加工技術が中国に流出し、豚肉の供給を左右することになれば、「米国にとって脅威になりうる」との懸念が米議会には根強い。
同社の買収問題は日本にとっても無縁ではない。日本は米国の豚肉の主要な輸出先であるからだ。
(8)中国漁船、東シナ海食い尽くす 横取り乱獲「泣き寝入りしかない」
source : 2013.08.05 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
五島列島・奈良尾港(長崎県新上五島町)から出港した遠洋巻き網漁船「第28野村丸」(135トン)の魚影探知機が大きな魚群を捉えた。
「よし、このあたりだ。集魚灯をつけろ!」
昨秋、漁労長の吉本洋一郎(66)がこう命ずると、5隻の船団は巻き網漁の陣形を整え、集魚灯が漆黒の海面を照らした。
「これは大漁だ…」
吉本がそう思った直後、レーダーに別の船団が近づいてくるのが映った。
「虎網の連中だ!」
まもなく400トン以上もある大型漁船が野村丸の数メートル先にまで接近してきた。ぶつかればこちらの損害も大きい。吉本はせっかく見つけた漁場をあきらめざるを得なかった。中国漁船は魚群を自力で探そうとはしない。漁場をよく知る日本漁船が集魚灯をつけたのを見計らって横取りするのが、常套手段なのだ。
しかも「虎網漁」と呼ばれる新手の漁法を編み出した。400~500トンの大型漁船が強力な集魚灯で魚群を集め、長さ1キロ以上の袋状の大型網に魚群を追い込んでホースで根こそぎ吸い上げる。一回の漁に要する時間はわずか1時間余り。乱暴なやり方なので魚は傷むが、巻き網漁の数分の1の人手で数倍の漁獲量を見込める。網を広げた時に袋状の部分がトラの顔のように見えることからその名が付いたという。
野村丸が被害を受けたのは1度や2度ではない。吉本は憤りを隠さない。
「とにかくむちゃくちゃさ。他の船が漁を始めたら接近しないという漁師の常識がまったく通用しないわけよ。『どうせ日本の漁船は逃げるだろう』と図に乗ってるんじゃろ。ケンカしたら国際問題になるし、船が損傷したら大変なんで悔しいけど泣き寝入りしかないわけよ…」
東シナ海でのサバ・アジの良好な漁場は、日中両国の排他的経済水域(EEZ)が重なり合う「日中中間水域」にある。日中漁業協定により、両国の漁船が自由に出入りできることになっており、どんな乱暴な操業をしようと日本側が一方的に摘発できない。
ここで中国漁船が虎網漁を始めたのは4、5年前から。年々その数は増え、昨年1年間だけで、水産庁は約280隻の虎網漁船を確認した。その多くが福建省や浙江省を拠点にしているとみられる。
これに対して、この海域を漁場とする日本の漁船はわずか10船団50隻余り。しかも日本は過去の乱獲への反省から、巻き網漁船の集魚灯の強さや網目の大きさ、漁獲可能量などを厳しく規制している。
中国にはそんな規制はない。というより、中国当局は虎網漁船の操業実態をきちんと把握していないとみられている。虎網の網目は小さく稚魚や小魚まで吸い取るため、東シナ海の水産資源はすさまじい勢いで枯渇しつつある。
虎網漁船がさほどいなかった平成21年の長崎県のサバの漁獲量は9万1千トンだったが、24年は6万8千トンに激減した。アジの漁獲量も21年の5万2千トンから24年は4万6千トンに減った。
15歳から船に乗り、東シナ海の漁場を知り尽くしている吉本は、魚群がかつてないほど少なくなったと感じている。
「虎網のせいとしか考えられん。連中には子や孫の代まで資源を守るという考えはないので稚魚も関係なく捕っていく。今もうかればいいんじゃろ。彼らが集まる海にはもう行かんよ…」
(9)五島列島に中国漁船の大群 「陸から十数メートル…すごい威圧感」
source : 2013.08.05 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
東シナ海の日中中間水域で操業する遠洋漁業者が迷惑する中国漁船。昨年7月には五島列島の住民にも脅威を感じさせる出来事が起きた。
東シナ海に台風が接近した7月18日未明、操業中の虎網漁船や底引き漁船が、五島市の玉之浦湾に避難してきた。事前連絡があれば緊急避難を受け入れることは、日中漁業協定で取り決められているので、これ自体は問題ない。住民を驚かせたのは、船数が106隻に達したことだ。
五島市玉之浦地区は人口約1500人の農漁村。その静かな入り江に整然と並んだ船は、五島沖にはどれだけ多くの中国漁船がいるのか、住民に実感させるのに十分な数だった。
この後も8月下旬までに3回にわたり中国漁船が緊急避難し、4回で計268隻に達した。今年はまだ1回も来ていないが、住民らには忘れられない光景となっている。
船の大きさも衝撃的だった。過去にも中国漁船が避難してきたことはあるが、30~50トン級だったという。五島市役所玉之浦支所の男性職員は「乗組員が陸に上がってくることはないとはいえ、陸から十数メートル先に大型船がずらりと並んだ様子はすごい威圧感でした」と語る。
入り江の目の前で食料品店を経営する登本タヤ子(81)も驚きを超えて脅えさえ感じたという。
「昔の中国漁船は小さなおんぼろ船だったのに、きれいで大きくてびっくりした。しかも一晩中ドンドコとエンジン音が聞こえ、窓からは船の明かりも見えて。なんだか恐ろしくて誰か店に訪ねてきても扉を開けんかったよ…」
虎網漁船急増の背景には、経済成長に伴う中国での魚介類の需要増がある。
中国国内での魚介類消費量は2009年に4236万トンに達した。1989年は1254万トンだったので3倍以上に増えている。中国沿岸部では乱獲のために漁獲量が減ってしまい東シナ海の日中中間水域に漁場を移してきたとみられる。
日本側も指をくわえて見ているわけではない。水産庁は漁業取締船12隻を東シナ海に投入し、監視活動を続けている。大型取締船「白鴎丸」(499トン)は2月20日、五島列島・女島沖155キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内で操業している虎網漁船を発見。逃げ回る船を2時間以上追跡した末、漁業主権法違反容疑で摘発した。
調べに対し、船長(34)は「虎網漁はもうかるという話を聞いて昨年7月、虎網漁船を購入した。中間水域では思ったほど魚が捕れなかったので、日本側に入ればもっと捕れると思った」と供述した。
摘発できるのは日本のEEZ内だけ。日中中間水域での操業には手を出せない。日本政府は昨年4月、日中漁業共同委員会で虎網漁による乱獲について問題提起した。
中国農業省漁業局は昨年夏、虎網漁船の新造を認めない通達を出したというが、どこまで実効性があるかは疑わしい。人口13億人の胃袋を満たすために中国漁船は今後、東シナ海だけでなく太平洋にまで活動範囲を広げる公算は大きい。
一方、日本の漁業従事者は減るばかり。五島列島・奈良尾港は30年前まで20船団100隻以上が所属する全国屈指の遠洋巻き網漁業基地だったが、今は野村丸など2船団10隻に減った。野村丸を運航する「まるの漁業」の社長、野村俊郎(63)はこう嘆いた。
「私たちは日本の安全保障上も重要な役割があると自負してきましたが、トラブルを抱えてまで漁は続けられない。中国漁船の横暴を何とかしないと、そのうち日本漁船はいなくなってしまいます。それでいいんですか?」
(10)韓国のイシモチ漁師の悲鳴 「あっという間に海が奪われた」
source : 2013.08.05 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
「西(黄)海はもう、韓国の海じゃない。中国の海だ」
韓国南西部全羅南道(チョルラナムド)の漁港、霊光(ヨングァン)のイシモチ漁師、姜聲範(カン・ソンボム)は日焼けした顔をゆがめた。中学卒業後にイシモチ漁師になって38年。3隻の漁船を運営するベテラン漁師は、中国漁船の傍若無人ぶりを知り尽くす。
「中国漁船はまず、韓国の海に侵入し、いまでは領海でわが物顔で違法操業を繰り返している。やつらは次に必ず日本の海に行く。そんなに時間はない。私らの海が奪われたのもあっという間だった」
霊光は温暖な気候と豊富な海産物でグルメをうならせる漁業の町。なかでも「世界一高級でうまい干物」と韓国が誇るのがイシモチを塩漬けにした干物のクルビだ。10尾70万ウォン(約6万円)の高額品もある。だが、そのイシモチが中国漁船の違法操業によって枯渇の危機に直面している。
中韓漁業協定により、韓国の排他的経済水域(EEZ)で操業が許される中国漁船の漁獲量は6万トンに制限されているが、中国の漁民はルールを無視し操業を続けているという。
韓国の農林省によると、01年の中韓漁業協定で当初、中国に許可した漁獲割り当ては漁船2796隻。乱獲の懸念から、12年には1650隻に削減した。
だが、漁業行政の関係者の話では、実際の違法操業漁船は9千隻を超えて1万隻に迫る。韓国漁船は漁場はおろか領海内の安全な通行さえままならない状況になっているという。取り締まり件数も07年の70件から毎年増加し、11年には171件に達している。
中国側の違法操業について、韓国の海洋水産省に取材を試みたが「この問題は韓国と中国の問題であり、なぜ第三者である日本(のメディア)が取材しなければならないのか疑問だ。漁業問題は(6月下旬の)韓中首脳会談でも扱われた微妙な問題だ」(同省指導交渉課)と、拒否された。
中韓両政府は7月25日、「第3回漁業問題協力会議」を開いたが、操業秩序の改善や不法操業の取り締まりなどについて、協議を継続していくことにとどまった。韓国政府の対中漁業政策には国内からも不満の声が強い。ある韓国人漁民はこう批判した。
「政府は中国に海を売り渡したのではないか」
(11)日本が築いた農業王国ブラジル…供給先は「爆食」中国に
source : 2013.08.06 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
畜産の飼料だけでなく、食用油、食品の原料に広く使われるコーンスターチなど暮らしを支える商品の生産に影響しかねない問題が今年、表面化した。原因は世界有数の穀倉地帯、ブラジルで起きた異常事態だ。
同国南部のサントス港。内陸から港に至る幹線道路は、穀物を満載にした大型トラックが100キロもの渋滞を作り、港の沖合では、おびただしい数の穀物運搬船が待たされていた。
穀物の増産で90年代後半から飛躍的に輸出を伸ばし、農業大国の地位に躍り出たブラジル。その意外な弱点をあぶり出したのが、昨年の米国の穀物不作だった。調達先をブラジルに移す動きが広がったが、インフラの整備が追い付かず、主要な穀物輸出港が大混乱に陥ったのだ。
「普通なら1週間程度で穀物を積み込むのを40日も待たされた」(関係者)。日本の商社は早めに穀物を確保し切り抜けたが、「予想以上に船が滞り危うく供給が途切れそうになった」と商社関係者は明かす。
混乱の背景には「爆食」中国の存在がある。穀物運搬船の多くが向かう先は中国で、6万トンを運べるパナマックス級(全長約230メートル)なら、大豆だけで年間400隻ほどが太平洋を渡る計算だ。
「中国は大豆の自給をあきらめた。今や世界各国の総輸入量の6割以上を中国一国が占める。安定供給基地としてブラジルに目をつけ、ブラジルも中国の需要に積極的に対応してきた」
資源・食糧問題研究所代表の柴田明夫(62)はこう語る。勢いを増す爆食の受け皿国はブラジルしかなく、その存在がなければ中国の食は破綻していた。そして、ブラジルを農業大国に押し上げたのは日本の国際協力だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
栄養分が抜け落ちた強酸性の「出がらし土壌」が広がり、見捨てられていたブラジルの熱帯サバンナ「セラード」。日本の国土の5・5倍にも及ぶ不毛の大地は1970年代以降の革新的なプロジェクトで豊潤な大地へと変貌を遂げた。
「ブラジル緑の革命」などと称賛されるセラード農業開発は、日本政府と民間が資金面や技術面で支えた政府開発援助(ODA)の代表的な事業だ。セラードに集団入植した日系人の血のにじむ労苦があった。20年間も事業に携わり、「セラードの生き字引」と呼ばれる国際協力機構(JICA)客員専門員、本郷豊(65)は強調する。
「セラード開発には人々の努力はもちろん技術的、制度的イノベーションがあり、日系人の優秀な農家がいた。制度がなければ新しく作ってやろうという気概を持つ人たちも続々と出てきた。だからこそこれだけのことが成し遂げられた」
協力事業は2001年に終了した。ベテラン商社マンは「先人が苦労を重ね、がんばった歴史が日本人への信頼となってわれわれの仕事のなかにも生きてきているのを感じる」と話す。
ただ、別の商社マンは日本の存在感が急速に薄れつつあると感じる。その間隙に入り込もうとするのが中国だ。
(12)“食糧安保”中国、日本に挑戦状 ブラジル港湾投資へ虎視眈々…
source : 2013.08.06 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
畜産の飼料だけでなく、食用油、食品の原料に広く使われるコーンスターチなど暮らしを支える商品の生産に影響しかねない問題が今年、表面化した。原因は世界有数の穀倉地帯、ブラジルで起きた異常事態だ。
同国南東部のサントス港。内陸から港に至る幹線道路は、穀物を満載にした大型トラックが100キロもの渋滞を作り、港の沖合では、おびただしい数の穀物運搬船が待たされていた。
穀物の増産で1990年代後半から飛躍的に輸出を伸ばし、農業大国の地位に躍り出たブラジル。その意外な弱点をあぶり出したのが、昨年の米国の穀物不作だった。調達先をブラジルに移す動きが広がったが、インフラの整備が追い付かず、主要な穀物輸出港が大混乱に陥ったのだ。
■混乱の背景に中国
「普通なら1週間程度で穀物を積み込むのを40日も待たされた」(関係者)。日本の商社は早めに穀物を確保し切り抜けたが、「予想以上に船が滞り危うく供給が途切れそうになった」と商社関係者は明かす。
混乱の背景には「爆食」中国の存在がある。穀物運搬船の多くが向かう先は中国で、6万トンを運べるパナマックス級(全長約230メートル)なら、大豆だけで年間400隻ほどが太平洋を渡る計算だ。
「中国は大豆の自給をあきらめた。今や世界各国の総輸入量の6割以上を中国一国が占める。安定供給基地としてブラジルに目をつけ、ブラジルも中国の需要に積極的に対応してきた」
資源・食糧問題研究所代表の柴田明夫(62)はこう語る。勢いを増す爆食の受け皿国はブラジルしかなく、その存在がなければ中国の食は破綻していた。そしてブラジルを農業大国に押し上げたのは日本だった。
■日本が育てた大地
栄養分が抜け落ちた強酸性の「出がらし土壌」が広がり、見捨てられていたブラジルの熱帯サバンナ「セラード」。日本の国土の5・5倍にも及ぶ不毛の大地は70年代以降の革新的なプロジェクトで豊潤な大地へと変貌を遂げた。
「ブラジル緑の革命」などと称賛されるセラード農業開発は、日本政府と民間が資金面や技術面で支えた政府開発援助(ODA)の代表的な事業だ。セラードに集団入植した日系人の血のにじむ労苦もあった。20年間も事業に携わり、「セラードの生き字引」と呼ばれる国際協力機構(JICA)客員専門員、本郷豊(65)は強調する。
「セラード開発には人々の努力はもちろん技術的、制度的イノベーションがあり、日系人の優秀な農家がいた。制度がなければ新しく作ってやろうという気概を持つ人たちも続々と出てきた。だからこそこれだけのことが成し遂げられた」
協力事業は2001年に終了した。ベテラン商社マンは「先人が苦労を重ね、がんばった歴史が日本人への信頼となってわれわれの仕事のなかにも生きているのを感じる」と話す。
ただ、別の商社マンは日本の存在感が急速に薄れつつあると感じる。その間隙に入り込もうとするのが中国だ。
■“食糧安保”日本に挑戦状
「日本にダメージを与えられることはすべてやる。中国お得意の窓口規制じゃないのか…」
こんな疑念が穀物業界に広がっていた。
総合商社の丸紅が昨年5月、米国穀物集荷3位のガビロンを約2800億円で買収すると発表し、昨年9月に終えるはずだった買収手続きが7月上旬、ようやく完了した。冒頭の疑念は、自国の市場に影響が及ぶ合併などを審査する中国独禁当局が、尖閣諸島(沖縄県石垣市)国有化への報復として審査を遅らせた、という周囲の見方だ。
■大豆にこだわる理由
「中国で独禁法の申請案件が増え、独禁当局の人手が不足していると考えている。当局から出された買収の条件も、2社の間にファイアウオール(仕切り)を作りなさいと言っているだけで、マイナスにはならないと会社として判断した」
丸紅穀物第一部副部長、福田幸司(41)はそうした見方を否定した。年間の穀物取扱高の見通しが一気に5500万トンを超え、日本勢初の穀物メジャー入りが決まった今回の買収。独禁当局が突きつけた「中国向け大豆の輸出・販売業務は2社が独立して行う」との条件は、大豆輸入市場をコントロールされるのを嫌ったため、との受け止め方も根強い。
中国が大豆にこだわるのはなぜか。政府が恐れるのは国民が不満を募らせやすい生活必需品の高騰だ。その一つが食用油であり、原料になるのが大豆なのだ。
「中国政府は、大豆の値段がどれだけ上がっても、食用油の値上げをしてはいけないという意識が強い。大豆価格の上昇で経営が苦しい中国内の搾油メーカーが値上げしようと申請しても、難癖をつけて止めさせようとする」。業界関係者はこう話す。
商社にとって中国はパートナーでもある。日本の大豆の輸入量は年間200万トン台なのに対し、中国は6千万トン以上に拡大。巨大な需要を取り込み、穀物の取扱量を増やせば、売り手への交渉力(バイイングパワー)が増すためだ。ただ、中国企業が本格的な商社機能を持つようになり、ブラジルで拠点を構えるとなれば話は別。「うかうかすると買うものがなくなってしまう」と商社幹部が言うように、脅威に転じるのだ。
「ブラジルの港湾の投資に中国企業が興味を示している情報も聞く。間違いなくサプライチェーンの上流を狙おうとしている」。商社の中堅幹部は断言する。
アフリカでは中国が農地買収を加速して国際問題に発展。ブラジルでも大規模な農地争奪の動きをみせたため、警戒したブラジルは近年、農地の外資規制に踏み切った。露骨な手法は取れないが、穀物トレーダーの引き抜き、搾油メーカーの現地事務所設置、政府や民間の使節団派遣などで進出の機会をうかがう。
こうした動きに先手を打つため、日本の食糧調達を担う商社は、ブラジルや米国などの集荷会社の買収の動きを活発化させる。
「物流」の投資を進める丸紅はガビロン買収に先立ち、ブラジルで港湾会社を完全子会社化。主体的にコントロールできる穀物輸出港を確保した。三菱商事はブラジルの大手集荷会社を買収することを決め、米国でも集荷会社を買収した。
三井物産はブラジルの穀物会社を傘下に収めた。東京都の半分の面積にあたる約12万ヘクタールで商社初の穀物の直接生産に乗り出し、調達力を高める。同社マルチグレイン推進室長の角道(かくどう)高明(49)は「農業生産は、天候リスクもあって無謀だと言われることもあったが、日本の食糧安定供給の使命もあり、挑戦を続ける」と話した。
■経済力の維持が鍵
中国は大豆に続きトウモロコシも2009年に輸入に転じ、その量は早くも約500万トンに膨張。約1500万トンを輸入する日本を近い将来追い抜き、最大輸入国になるのは確実だ。世界的に増産が追い付かなければ、本格的な穀物争奪戦に突入する。
食は国家を支える根幹だ。穀物調達の最前線にいる商社マンはこう話した。
「世界は、金を持っているところだけが食糧を買えるという段階にすでに入った。日本の食糧安全保障を強くするには、買う力を強くするという一点に尽きる。中国の爆食の影響をどれだけ少なくできるかは、日本の経済力を維持拡大できるかにかかっている」
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