source : 2013.02.03 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
◆「134人が死亡した」 電話会談で怪情報も
日の出前の砂漠。1月16日早朝(日本時間同日午後)、アルジェリア当局が異変を察知した。傍受に成功したイスラム武装勢力の衛星携帯電話から叫び声が聞こえてきたのだった。
「行くぞ!」
当局は場所の特定に努めたが、すでに遅かった。攻撃されたのは南東部イナメナスの天然ガス関連施設。警備が厳重なはずの施設は夜陰に紛れてやってきた武装勢力の侵入をいとも簡単に許してしまった。
■1日たっても分からず
一報はベトナムを訪問中の安倍晋三首相に伝えられた。日本政府はまもなくプラント建設大手「日揮」から日本人17人が巻き込まれたとの報告を受けた。その後、事件発生から1日たっても現地の様子は詳しくは分からなかった。
安倍首相は17日午後4時(同6時)、施設の主契約者BPが本社を置く英国のキャメロン首相に電話した。すると「アルジェリア軍が攻撃するかもしれない」と告げられた。電話口からは切迫した様子が伝わってきた。キャメロン首相は「これからコブラ(緊急事態対策委員会)があるから」と電話を切った。
安倍首相は午後7時(同9時)からタイのインラック首相との会談に臨むが、開始後間もなく、英政府からアルジェリア軍が攻撃を開始したとの一報が入る。安倍首相には次々とメモが差し入れられた。政府高官は「邦人死亡情報が入れば会談を中止することにしていた」と振り返る。
「人命最優先にし、すぐに攻撃をやめてほしい。米英の支援を受けるべきだ」
17日午後10時半(同18日午前0時半)、安倍首相はアルジェリアのセラル首相との電話会談で「人命優先」を求めたが、「それは無理だ。この作戦がベストだ。信頼してくれ」と強気だった。「日本人は何人亡くなったのか」とただしても「作戦中だから分からない」とにべもなかった。
■「内閣の命運がかかる」
「内閣の命運がかかる事態です。日程変更を」
18日朝、バンコクのホテルの一室。安倍首相は世耕弘成官房副長官の言葉に耳を傾けていた。
アルジェリア軍の情報管理が厳しく、事態が把握できない。日本が頼った米国も「情報不足だったのは明らか」(ウェイン・ホワイト元国務省情報調査局分析官)だった。
外務省幹部らは予定通りインドネシアを訪問し、全日程をこなすべきだと主張し意見が分かれた。官房長官、副長官を経験し危機管理対応に慣れている首相は落ち着いていた。
「この時点で日本に戻っても事態は変わらない。ならば…」。ユドヨノ大統領はイスラム系テロ組織ジェマ・イスラミアと対峙(たいじ)している。首相は腹を固めた。
「会談でテロとの戦いに断固たる決意を示す」
会談では予想外の成果も得た。大統領は2007年にアフガニスタンで韓国人19人がイスラム原理主義勢力タリバンに拉致された事件を説明し、解放のためインドネシア外交官が交渉したことも明かした。
「われわれはイスラム原理主義者と交渉できる」
大統領はこうも語った。事件が長期化した場合、インドネシアの協力は外交上の武器になり得た。
◆「どうやって特定した」
だが事件の展開は急で、予定を早めて帰国した首相を待っていたのは厳しい現実だった。19日夜、アルジェリア政府から名前付きの5人の日本人死亡情報が伝えられた。
20日午前0時半、2度目の電話会談で「デゾレ(申し訳ありません)」と切り出したセラル首相に、安倍首相は「どうやって5人を特定したのか」と2度追及したが、要領を得ない。アルジェリア政府は耳を疑う情報も伝えてきた。「134人が死亡した」
後に判明した死者は、人質となっていた8カ国の外国人37人で、あまりにかけ離れた数字だった。
「間違った情報は流すな。ただし事実はどんな小さなことでも発表しろ」
これを政府発表の原則にしていた首相だが、アルジェリア側の情報をそのまま国民に発信できない。かといって各省庁が独自に収集した情報で補強しようにもそれも信憑(しんぴょう)性は低かった。
「どこの役所も『何人無事、何人死亡』とそれなりの数字を出してきたが、すべて推測だった」。首相周辺は続ける。「一次情報があまりに乏しかった」
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■テロ情報収集に「致命的欠陥」
◆長老文化
アルジェリアで人質事件がおきる前、外務省は渡航者に注意を呼びかける「渡航情報(危険情報)」のレベルを、危険度が最も低い「十分注意」としていた。事件当時、在アルジェリア日本大使館の日本人職員は13人。事件後増員されたが「大使館発の目立った情報はなかった」(政府関係者)。
現地に進出する日本企業の幹部は「大使館員の数が少ないうえ、しかも若い人が多い。『長老文化』のアラブでは若い人だと情報収集は難しい」と語る。
これまで欧米は首脳クラスが訪問しているが、日本の現職首相の同国訪問はない。最近では平成22年に前原誠司外相が訪れた程度だ。
このとき、前原氏はブーテフリカ大統領と会談。大統領は前原氏を食事に誘い「日本には人間国宝がいるそうだが、すばらしいことだ」と述べるなど、日本に対する豊富な知識を披露し、日本側を驚かせた。
ある閣僚経験者は「日頃の意思疎通がないのに緊急時に情報をとろうとしても無理だ」と語る。
また、外務省ではアルジェリアは中東1課、フランス軍が介入した隣国のマリはアフリカ1課が担当しており、国境を越えて活動する「イスラム・マグレブ諸国のアルカーイダ組織(AQMI)」の動きを軽視していたとの批判もある。
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■防衛駐在官の増強検討
人質事件で情報収集に手をこまねいた教訓から、首相周辺は改善策として(1)多岐にわたる情報ルートの構築(2)信頼度に応じた情報源の価値付け-を例示する。その一環として「防衛駐在官」の増強が検討課題に浮上している。
アフリカなど新興国では政治指導者より軍が優位に立ち情報を囲い込むケースもあり、軍との接点は欠かせない。イラクやシリアの大使館で勤務経験のある大野元裕前防衛政務官(民主党)は、「文官と軍人の間には垣根がある」と指摘する。自衛隊幹部も「軍人同士では情報を提供するが、文官には面会すらしない軍人もいる」と話す。
◆2カ国だけ
防衛駐在官の存在意義は大きいが、駐在官は36大使館2代表部の49人に限られ、アフリカではエジプトとスーダンの2カ国だけ。在スーダン大使館への駐在官配置にかかわった防衛省幹部は「ほかの地域と異なり米軍の存在感が希薄。人脈開拓や情報収集のノウハウについて米軍の支援を得にくい」と振り返る。
米軍は2008年、新たな地域統合軍として「アフリカ軍」を創設したが、地の利や影響力という点で英仏など旧宗主国に劣る。
資源獲得をにらみアフリカ進出を加速させている中国は19カ国に駐在武官を派遣している。昨年1月、スーダンで道路建設を請け負っていた企業の中国人29人が武装組織に拉致された事件では、救出作戦にあたったスーダン軍に中国人の雇い兵を送り込んでいた。日本とは対照的に、中国はテロに対する自前の対処能力を高めつつあるのだ。
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◆陸自部隊が“武器”に
ただ、自衛隊にも大きな“武器”が存在する。
陸上自衛隊唯一の特殊部隊「特殊作戦群」。国内外での偵察や破壊活動も想定し、空挺(くうてい)・レンジャー資格者のうち知力、体力、精神力に優れた300人の精鋭をそろえる。海外で捕虜になった際の拷問・尋問への対応訓練も受ける。
隊員は住宅建築から医療行為に至るまでありとあらゆる知識を習得する。海外で地元住民に溶け込む術となるからだ。陸自イラク派遣では警備要員として現地に入り、モスクに毎日通い続け地元住民の「心」を掌握した隊員もいる。
平成16年3月の発足から3年にわたり初代群長を務めた荒谷卓(あらやたかし)氏は「『対テロ戦』では特殊部隊を『平時』から情報収集活動に投入するのが世界の常識だ」と語る。
特殊部隊の隊員は大使館に警備要員として勤務したり、巨大プロジェクトでは出向という形で民間企業に送り込まれたりと形態は問わない。
世界各地で特殊部隊の所属隊員だけが集う「情報サークル」もアメーバ状に広がる。テロリストの動向など機微にわたる情報を日常的に交換しているが、日本はその輪に入っていない。
このままだとテロの兆候把握など致命的な情報過疎は改善されないままだ。欠陥を埋めるには、特殊作戦群に所属したことのある隊員を海外に送るのが効果的だ。情報はおのずと集まり、人質事件が起きれば救出任務の先遣隊としても機能する。
そうした情報を「日本版NSC(国家安全保障会議)」に直接報告させ、NSCは新たな情報収集も求めるなど官邸が運用の権限を握れば、首相直轄の「諜報(インテリジェンス)機関」と位置づけられる。
防衛相経験者は、ソマリア沖の海賊対策で自衛隊がジブチに設けている活動拠点の機能を強化すべきだと提言する。「アフリカ・中東の情報収集の拠点とし、各国軍やアフリカ連合の部隊との人脈も築ける」からだ。航空自衛隊のC130輸送機を置けば輸送任務に即座に派遣できる。
◆法の制約
だが、大きな壁が立ちはだかる。自衛隊法には「安全が確保されているとき」「航空機か船舶で」「武器使用は正当防衛など」の制約があるためだ。
「混乱する現場で武器を使い、他国の人命を傷つければ国際問題に発展する」「輸送機や車両に乗せ切れないと、見捨てたと国内で批判が噴出する」
8年ほど前、極秘に自衛隊が実動を交え邦人救出シミュレーションを行い、そこで浮上した数十項目にも上る検討課題の一部だ。
人質事件を受け、政府・与党は邦人救出の派遣条件も見直す検討に入ったが、安全を確保しつつ自国民を保護することは簡単な任務ではない。
自衛隊幹部は「法律を改正し自衛隊を投入しやすくしても、大きなリスクを伴うことを政治家と国民は覚悟すべきだ」と警告する。
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アルジェリア人質事件は日本の情報収集・分析に大きな課題を残した。日本が「対テロ戦」に立ち向かえるための態勢づくりは急務だ。「新帝国時代」第2部では諜報とも情報とも訳されてきたインテリジェンスに焦点をあてる。
(2)李春光・中国元書記官スパイ疑惑「捜査は見送ったんだ」
source : 2013.02.04 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
日本警察から中国に「追放」された中国人元外交官は落ち込んでいた、という。「日本との交流の仕事をずっとやってきた。私にはこれしかできない。すぐには難しいかもしれないが、いつかまた日本に行って中日交流に関する仕事をしたい…」。スパイ疑惑が浮上し、警視庁公安部の出頭要請から逃れるように昨年5月に帰国した李春光・元在日中国大使館1等書記官。中国政府最大のシンクタンク、中国社会科学院に戻った今、周囲にそう漏らしているという。
◆投資話で金稼ぎ
物腰柔らかい話しぶりや振る舞い、私生活もホームページでさらけ出し、とてもスパイに見えない。平成11年に特別塾生として半年間過ごした松下政経塾では日本の市民オンブズマン制度を熱心に研究する一方、同塾が自衛隊将官らを招いた安全保障分野の講座は一切、興味を示さなかった。
その代わりに見せた別の関心事。それはもうけ話だった。「中国でポリ袋を生産し、日本のシェアを取る」「再生資源が多い日本のゴミを中国に輸出すればカネになる」。怪しい話を携えた人物が出入りした。
警視庁の捜査でも、李元書記官は中国への投資話で日本企業から多額の金を集めたことが判明。「スパイというより、不良外交官の金もうけ」。事件はこんな印象で終わった感がある。しかし、民主党が政権を退いて日がたつにつれ、捜査側から「本音」がぽつりぽつりと漏れてきている。
◆政権直撃の恐れ
「政権を直撃する事件になる可能性があったので、農林水産省ルートの捜査は事実上見送ったんだ」
警察関係者はこう打ち明ける。中国人民解放軍総参謀部の諜報機関「第2部」に所属していたとされる李元書記官は、松下政経塾時代に後の民主党国会議員らと知り合うなど政界人脈を開拓。1等書記官として19年夏に着任すると、水面下で政界工作を展開していた。
「第2部」は、中国の情報機関の中でも予算が豊富な最強の組織。「中国軍の頭脳」といわれるほか、暗殺や誘拐などの特権もあるとされる。
警視庁公安部は、李元書記官の着任直後から動向監視を続けており、政界工作を把握。そんな中、農水省の政務三役に食い込んだ李元書記官が、農水省の「機密」文書を入手していた疑いが浮上したのだ。
事実、農水省の最高機密に当たる「機密性3」指定の文書4件が、李元書記官と関係の深い一般社団法人「農林水産物等中国輸出促進協議会」に渡っていた。
しかし、機密を漏らしたのが政務三役だった場合、国会議員は特別職の国家公務員であるため、国家公務員法(守秘義務)違反は適用されない上、「国務大臣、副大臣及(およ)び大臣政務官規範」(大臣規範)違反にはなるが、罰則がない。
「(警察庁の所管大臣である)国家公安委員長に、とんでもない人物を送り込んだり、警察に無理解な民主党とあえてケンカするのは得策じゃない。自主規制したんですよ」
警察関係者は捜査の裏側を、こう振り返る。
◆お寒い防諜手段
「スパイ天国」とも揶揄(やゆ)される状況は、スパイ防止法がないことに起因することはよく知られる。警察幹部は「この法律がないのは、政府が戦後長い間、中国などとの軋轢(あつれき)を避け、優柔不断な弱腰外交を続けてきたからだ」と指摘する。
そもそもウィーン条約によって「不逮捕特権」が認められている外交官のスパイ活動は、日本の裁判にかけられない。
このため李元書記官が立件されたのは、外交官の身分を隠して外国人登録証を不正に更新した外国人登録法違反という「別件」。国内の防諜(カウンターインテリジェンス)を担う外事警察は「別件」という「お寒い手段」しか持っていない。今回の事件は、こうした日本の実態を浮き彫りにした。
■「反TPP」利用日米分断
「外交政策に影響を与えたかといえば、0・1%も与えていない。単純に金もうけだけでしょ。スパイというほどじゃない。下っ端の下っ端」。玄葉光一郎前外相は自らの民主党政権下、農水省を舞台に起きた李春光・元在日中国大使館1等書記官の事件をこう評した。元書記官の存在すら知らなかったという。
正反対にこの事件に強い危機感を抱いていたのが、元外務省主任分析官、佐藤優氏である。
「ラストボロフ事件、レフチェンコ事件に匹敵する重大なスパイ事件だ」
引き合いに出した2つは旧ソ連の工作員が日本で繰り広げた広範な工作活動を自ら暴露した戦後最大級の事件。今回の事件はそれに肩を並べるとまで言う。
佐藤氏が李元書記官の存在を知ったのは平成22年秋。菅直人首相(当時)が同年10月「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加を検討したい」と所信表明演説で唐突に表明、TPP参加をめぐる論議がわき始めたころだった。
TPP反対の急先鋒(せんぽう)だった農水省の高官や農水族の与野党の国会議員に次々と接触。中国人民解放軍にパイプがあると自らの存在感を誇示しながら、日本のTPP不参加の交換条件として、「レアアースを安定供給する」「中国の富裕層向けにコメ100万トンを輸入するシステムを作る」と持ちかけていたというのだ。
「1等書記官にしては威勢がよい」。佐藤氏は工作機関との関わりを疑った。
◆コメ輸出材料に
日本語が達者な李元書記官は以前、東大や松下政経塾で研究員も務め、中国・洛陽市職員の肩書で、友好都市の福島県須賀川市に日中友好協会の国際交流員として来日。農水関係者を中心に人脈構築工作(ヒューミント)を展開していた。
安全保障や外交分野に比べれば農業分野は一見、格落ちに見える。しかし、佐藤氏は関係者の脇が甘い分野を突く巧妙さに感心するだけでなく、この分野だからこその深い理由が隠されているとみる。
「TPPは単なる経済協定ではない。アメリカの環太平洋の安全保障システムと裏表にある。コメをまき餌に日本を中国陣営に引き込み、日米同盟を弱体化させる意図が透けてみえる」。アメリカ主導のTPPから日本を引きはがし、中国主導の日中韓自由貿易協定(FTA)に引き込もうとしたというわけだ。
しかも、コメ農業は日本の政治の急所。李元書記官は農水関係者に「中国は必ず食糧不足になる。日本のコメがどうしても必要だ」とも働きかけていた。
中国がだぶつき気味の日本のコメを買ってくれるなら、中国主導のFTAに乗ろうという機運も生まれてくる。
日本の弱みを材料に、日米を分断させる巧妙な対日情報工作-。そんな側面が浮かび上がる。
◆政策・世論ねじ曲げ
確かに工作は実を結びつつあった。
筒井信隆元農水副大臣が主導していた中国への農産物輸出事業に李元書記官が深く関与。その結果、23年12月に訪中した野田佳彦前首相の日程に、日本産の農産物を北京で展示する「日本産農水産物展示館」の視察がねじ込まれた。筒井氏は3日までの産経新聞の取材に応じていない。
そうこうするうち、TPP参加交渉は遅れる一方、日中韓サミットは24年5月に北京で開催され、同年11月には日中韓FTA交渉が開始された。
TPP交渉に前向きだった野田政権を牽制(けんせい)し、中国に有利な方向に誘導する工作が行われていたことは想像に難くない。
中国のインテリジェンスは、ロシアや欧米のように金銭や脅しで情報収集するのではなく、目的を悟らせずに緊密な人間関係を構築、知らず知らずに、日本の政策や世論を中国の国益に沿うようねじ曲げ、中国の政策の浸透を図るのが特徴とされる。
佐藤氏は「第2、第3の李春光はいる。中国の諜報活動への警戒が必要だ」と指摘している。
【用語解説】李春光事件
在日中国大使館の李春光・元1等書記官側に農林水産省の機密文書4点が漏洩(ろうえい)したとされるスパイ疑惑。警視庁は昨年5月、外国人登録証を不正に更新したとする容疑で李元書記官を書類送検したが、直前に帰国しており、起訴猶予処分となった。
(3)尖閣が危うい…中国、お得意の“人海戦術”で諜報活動
source : 2013.02.05 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
中国の諜報関係者が研究者や記者を装い、大学や企業の研究機関、メディアなどに紛れ込んで日本で活動することは多いとされる。
その中には、日本警察が監視する外交官の身分で活動し、摘発された李春光・元在日中国大使館1等書記官に比べ格段に高いレベルのスパイがいるという。
関係者によると、李元書記官の所属先とされる中国人民解放軍総参謀部第2部の大佐が、ジャーナリストの肩書で活動。警察もマークしているが、訓練を受けたプロであり、揚げ足を取られる行為をしないため、手出しできないという。
そうしたプロの工作員の情報網を形づくる周辺者は大勢いる。中国の情報機関が人海戦術を使うことはよく知られている。
「国の目と耳と鼻になれ」。仕事や留学で中国人が出国する前、研修と称して集められ、こう指示されたり、出国後は定期的に情報部門に報告を求められる場合もある。
例えば、日本の大学に留学中の中国人学生を動員し、学内の右翼系学生団体の活動日程などを入手させ、情報を1カ所に集めて分析すれば学生団体の背後にある右翼団体の動向を把握できるという。
関係者は「情報機関に所属するプロのスパイであれば数十人が日本に常駐して活動し、留学生といった周辺者を加えればその規模は千人を超える可能性もある」と指摘する。
◆発覚少ない手口
それだけの数がいながら、戦後日本で中国の諜報活動が表面化したのはわずかだ。中国諜報機関の指示を受けた中国人貿易商が、外国の航空機エンジンといった軍事関連情報などを収集した「汪養然事件」(昭和51年)や、中国人が在日米軍の資料を中国や旧ソ連に売却していた「横田基地中ソスパイ事件」(62年)などに限定される。
ロシア(旧ソ連)、北朝鮮のスパイ事件に比べて極めて摘発が少ないのは、善良な人を信頼させて情報を得たりするなど、手口が巧妙だからだ。「日中友好」を大義名分とし、相手に良いことだと信じ込ませて協力させるため、なおさら発覚しにくい。
李元書記官が平成11年に入塾し、人脈を築く足がかりとした松下政経塾では日中友好を背景に中国人を受け入れており、結果的に李元書記官に利用された形だ。
松下政経塾に元年に入塾した第10期生でもある日本維新の会の中田宏氏はこう言う。「塾のチェック体制に問題があったとの指摘はあたらない。いろいろな人間が集まる政経塾は(相手を)きちんと見極めて付き合うことをトレーニングする場でもある」と述べた上で、「相手に利用されてしまうかどうかは、本人の問題。責任ある立場になるほど、どういう人物とどう付き合うかということについては、緊張、警戒という意識を持つことが必要になる」。
◆弱者に容赦せず
中国の諜報活動の源流は、約2500年前までさかのぼるとも言われる。
「彼を知り己を知れば百戦して殆(あや)うからず」。春秋時代、中国の思想家、孫武が著したとされる兵法書『孫子』の一節。諜報も駆使し、敵を徹底的に調べて、戦うべきかどうかを見極める。
相手が弱いと判断すれば、容赦しないのが中国のやり方だ。新中国建国以降、朝鮮戦争の参戦、旧ソ連、インド、ベトナムなどを相手に計9回軍事行動を起こし、いずれも負けていない。
しかし、相手が強ければ戦わない。1999年、北大西洋条約機構(NATO)軍によるユーゴ空爆作戦で中国大使館が米軍機に“誤爆”された際、国内世論が反米に沸騰したが、中国当局はじっと動かなかった。
報復すれば米国のさらなる攻撃を招き勝てないと判断したためとされる。
関係者は言う。「そういう意味で尖閣は危ない。日本人の主権意識の低さ、国防に関する法整備の不十分さ、日米安保弱体化の実態、自衛隊の士気が高いかどうか。中国の情報機関が今、最も興味を持っているはずの問題だ」
(4)「ハニートラップ」も…中国のスパイ活動、最大の標的は米軍事機密
source : 2013.02.06 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
中国の諜報活動の最大の標的はやはり米国だろう。米国に対する中国のスパイ活動は規模が大きく、根が深く、歴史も古い。一方の米国にとっても、世界で最も積極果敢にスパイ活動を仕掛けられるのが中国なのだ。
2009年、米議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」は数回にわたって中国のスパイ活動に関する公聴会を開催した。その場で、国家情報会議(NIC)防諜部門のジョエル・ブレナー専門官は「米国を標的として活動する140カ国ほどの諜報機関でも、中国が最も活発だ」と証言した。
同委員会の報告によると、中国側でこうした活動を手がける機関は国家安全省だけでなく共産党の対外連絡部や統一戦線工作部、社会科学院所属の各研究所、さらには人民解放軍の総参謀部第2部(軍事諜報)、同第3部(通信諜報)、同第4部(サイバー戦争)までもが含まれる。国有企業が加わることもあるという。
◆「孫子」に倣う手法
中国のスパイ活動研究の権威で、一昨年に刊行された『中国スパイ秘録 米中情報戦の真実』(邦題)の著者としても知られるデービッド・ワイズ氏は、中国の対米工作での最大の標的は軍事機密だと指摘した。
「経済的に超大国になった中国は軍事面でも超大国を目指すが、なお米国に比べて戦力が弱い。米国に追いつけ、追いこせ、という自己要請が異様なほど強く、そのためには米軍の高度技術を盗むことを最も合理的とみなすわけだ」
ワイズ氏は中国の近年の「成果」として、米軍最新鋭の戦闘機で、日本の導入も決まったF35の機密や、トライデント戦略潜水艦装備の核ミサイル弾頭W88の軽量化技術の機密の奪取を挙げた。
特に核兵器の機能向上技術、ミサイルの命中度向上技術、潜水艦の航行時の音を抑える技術などを不法に入手するのに必死になってきた、というのだ。
ワイズ氏は、中国のスパイ活動の手法について「人のアキレス腱(けん)のように弱点を突くことが多く、昔から男女の仲を利用する『ハニートラップ』も頻繁に仕掛ける」と指摘した。
その代表例としてワイズ氏が自著でも詳述するのが、カトリーナ・リョンという中国系米人女性の二重スパイ事件である。
この女性は、中国国家安全省の指令で動く対米スパイだったが、米連邦捜査局(FBI)にも接近して捜査員2人と交際し、米側の対中工作員になりすました。そして米側の機密を中国に流したことが発覚し、2004年に摘発された。ワイズ氏は「ハニートラップ」を中国スパイの伝統的手法だと位置づける。
ニクソン元大統領が在野時代の1960年代に香港の中国人クラブホステスと親しく交流して、「トラップ」を疑われた実例もワイズ氏は詳述。中国の対米スパイ活動の総括として次のように語った。
「中国共産党政権のスパイ戦術は古い兵法書『孫子』が教える密偵の使い方をも参考とし、ハニートラップや中国民族の血のつながり、そしてカネを駆使する巧妙な方法だ。だが、近年ではサイバー攻撃によるスパイ活動を急増させている点に注意すべきだ」
◆世論も巧みに誘導
中国側のサイバー攻撃の標的となった機関には、海軍海洋システム・センターなどが挙げられる。前述のF35の電子システムの機密もサイバー侵入で中国側に奪われたという。
そのワイズ氏に、在日中国大使館の李春光元1等書記官のスパイ疑惑について尋ねると、次のような解説が返ってきた。
「中国の諜報活動では相手国の機密を盗むだけでなく、政府の決定や世論に影響を及ぼし、中国側に有利な方向へ導くという工作も重要とされる。旧ソ連のKGB(国家保安委員会)が重視し、その要員を『影響力工作員』と呼んでいた。日本の事件はそのパターンである形跡が濃いと思う」
ただ、こうも付け加えた。「中国のスパイ活動では、通常は相手国にある中国大使館での外交官肩書を隠れみのに利用することは少ないのだが、今回の事例は特殊な理由があったのかもしれない」
(5)政治に翻弄された北スパイの捜査 「幻」の零余子事件
source : 2013.02.07 産経ニュース (ボタンクリックで引用記事が開閉)
◆田口さん証拠も
「20年以上前の零余子(むかご)事件のときと、状況は何も変わっていないんだ」
ある警視庁OBが口にした零余子事件とは、警視庁公安部が平成2年5月に着手しようとしたが、立件できなかった「幻」の北朝鮮スパイ事件だ。
公安部が零余子事件の摘発を通じてスパイ活動の全容を解明しようとしていた大物商工人は、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系の商社を経営。公安部は昭和54年以降、北朝鮮工作員の国内支援網の中心人物としてマークしていた。
田口八重子さん=当時(22)=の拉致に関与した北朝鮮の李京雨(リ・ギョンウ)工作員とも接点があるとされ、北に巨額の資金を送金した功績などから、平壌市内に名前を冠した道路もあるという。警視庁OBは「捜査が完遂されれば、田口さん拉致の証拠が見つかった可能性もあった」と述懐する。
だが、関係者によると、「政界のドン」こと自民党の金丸信氏が警察庁に圧力をかけ、事件の幕引きが図られたという。金丸氏はこの年の9月、旧社会党の田辺誠氏と訪朝し、「謝罪」と「戦後の償い」を表明した。警察上層部には、これがトラウマとなり、政権との軋轢(あつれき)を生みそうな事件を自主規制する風潮が定着したとの指摘がある。
◆警察が自主規制
「警察はもともと政治権力に弱い傾向があるが、29年の造船疑獄で犬養健法相が指揮権を発動して以降、検察首脳が指揮権発動による政権の捜査介入を二度とさせないように、特捜検察の独自捜査を自主規制させてきたことと、似た状況がある」
こう解説する司法関係者も少なくない。ある元警視庁幹部も「旧ソ連の諜報事件に捜査着手しようとしたら、『ソ連の政府高官の来日中に何を考えているんだ』と警察庁からストップをかけられたことがある」と振り返る。
◆退去メッセージ
スパイ防止法がないばかりに、「別件」の外国人登録法違反をひねり出してきて刑事事件化するしかない状況が、延々と放置されているのが日本の現状。スパイの摘発など防諜(カウンターインテリジェンス)を担う外事警察は難しい捜査を強いられている。
「そもそも、在日中国大使館の李春光・元1等書記官が行っていたような政界工作も、立派なスパイ活動。親中派の政治家を獲得し、中国を利する政策を誘導することが、中国の諜報機関の役割の一つなんだ」
警視庁で長年、中国の諜報活動と対峙(たいじ)した公安部OBはそう語る。
公安部が63年に外国人登録法違反容疑で東京都渋谷区の在日朝鮮人の男を逮捕した通称「渋谷事件」も、男が自民党や旧社会党の国会議員に接近して幅広い情報収集活動を行っていたという北朝鮮のスパイ事件だった。
李元書記官について、公安部はスパイ疑惑が表面化する直前の平成24年5月中旬、出頭要請を行ったが、中国大使館側は同月23日、拒否すると回答。李元書記官は同日、帰国している。公安部OBは、こう続けた。
「逮捕できない外交官に、帰国してしまうことを承知の上で出頭要請するのは、形式的には捜査の一環だが、本音は『お前がスパイなのは分かっている。日本を出て行け』というメッセージ。日本で構築したスパイ活動網を二度と使わせないための手段だ」
■「そんな事件はやめろ」
「警視庁公安部です。事情聴取に応じてください」
平成12年9月7日夜、東京・浜松町のビル7階のレストランバーで客を装った男女14人の捜査員に囲まれ、こう告げられたロシア大使館の駐在武官、ビクトル・ボガチョンコフ海軍大佐は「外交官は保護されている」とだけ言い残し、その場を立ち去ったという。
一緒にいた海上自衛隊3等海佐が自衛隊法違反容疑で逮捕された軍事情報漏洩(ろうえい)事件の一コマだ。3佐はボガチョンコフ大佐に海自の秘密文書の写しや内部資料を大量に売り渡していた。
警視庁は翌8日、ロシア大使館にボガチョンコフ大佐を出頭させるよう要請したが、大佐は9日に帰国。公安部OBは「これ以上の軍事情報漏洩は、国益を大いに損なわせると判断して強制捜査に着手した。ボガチョンコフが日本に二度と来ることができないように、追い出したということです」と振り返る。これも在日中国大使館の李春光元1等書記官と同様、スパイの情報網を葬るための出頭要請だった。
◆反日デモの陰で
「外交的配慮」を優先する政権側との軋轢(あつれき)を避けて警察の捜査が矮小(わいしょう)化されたとされるスパイ事件は李元書記官の事件だけではない。
16年6月、川口順子外相は中国の李肇星外相との会談で、東シナ海の排他的経済水域(EEZ)の「日中中間線」の日本側で、中国が天然ガス田開発を増強していることに懸念を表明。同年夏には、中国で開催されたサッカー・アジア杯で中国側観客の反日行動が問題となった。同年11月には中国の原子力潜水艦による日本の領海侵犯も発生。17年4月は中国で3週続けて週末に過激な大規模反日デモが発生した。
そんなさなかの同年3月12日、警視庁公安部は防衛庁(現防衛省)の元技官が在任中、潜水艦の船体に使用する鋼材に関する溶接や加工の技術論文を盗み出し、中国大使館の関係者に横流ししていた疑いがあるとして、窃盗容疑で家宅捜索に乗り出した。同年10月17日、小泉純一郎首相が靖国神社へ参拝。小泉氏は靖国参拝で中国に対して一歩も引かない姿勢をみせ、公安部の捜査も元技官の逮捕に向けて粘り強く続けられた。警視庁幹部も当時、逮捕には自信をみせていた。
だが、安倍晋三氏が18年9月、首相に就任し、翌10月に最初の外国訪問先として中国を訪問すると、風向きが一変する。安倍氏が11年の小渕恵三氏以来となる首相の中国公式訪問を実行し、日中関係の改善に向けてかじを切ると、捜査は失速。公安部は4カ月後の19年2月、窃盗容疑で元技官を書類送検して捜査を終結させた。
これで、中国大使館側の関与は未解明のままとなった。捜査終結は、雪解けが進みつつあった日中関係改善をおもんぱかった警察庁幹部の「そんな事件はもうやめろ」の鶴の一声で決まったという。
◆外交の「背骨」を
農林水産省が23年10月ごろに海外からサイバー攻撃を受け、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の交渉過程に関する機密文書が外部に流出した疑いがあることが今年1月、発覚。日本のTPP参加の是非が海外から注視されていることが改めて浮き彫りとなった。
日本のTPP参加問題に注目しているのは、中国もしかりで、特に中国は日本のTPP参加を望んでいないとされている。警察が李元書記官を“国外追放”したのは民主党政権に対する政界工作でTPP不参加を誘導する可能性を封じるため、との見方もある。
警視庁OBは「外交交渉の決め手の一つがインテリジェンス(諜報)であることは世界の常識。だが、日本は海外での諜報を本格的にやっていない。スパイ摘発など国内の防諜(カウンターインテリジェンス)は外事警察が担っているが、日本政府の外交姿勢にはっきりとした『背骨』が通っていないために、さまざまな障壁がある。新政権にはせめて、スパイ防止法の議論だけは深めてほしい」と話している。=第2部おわり
この企画は有元隆志、阿比留瑠比、高橋昌之、半沢尚久、坂井広志、桑原雄尚、峯匡孝、岡部伸、大島真生、徳永潔、田北真樹子、大内清、犬塚陽介、古森義久が担当しました。
【用語解説】零余子事件
警視庁公安部が平成2年5月初旬に着手した外国人登録法違反事件。公安部は居住地の変更申請をしていなかった在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の新宿支部長らを同法違反容疑で逮捕し、同支部を家宅捜索。その後、関係先として朝鮮総連中央本部を家宅捜索し、北朝鮮工作員の国内支援網の中心人物とみられていた大物商工人の活動を解明する方針だったが、政治的圧力により事件捜査は途中で頓挫。オニユリなどの葉の付け根にできる球状の芽「零余子」が事件のコードネームとして使われた。
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