source : 2012.12.19 nippon.com (ボタンクリックで引用記事が開閉)
米国のシェールガス革命は、最近ではシェールオイルも含めて「シェール革命」とも呼ばれ、米国にとって政治や経済の「ゲームチェンジャー」になるといわれている。しかし、日本では、この革命が日本経済や世界秩序に及ぼし得る影響について十分に認識されていないように思われる。本稿では、日本など各国が備えるべきシェール革命の経済的、地政学的帰結のいくつかについて論じる。
■日米マクロ経済に逆向きの影響
シェール革命は、マクロ経済バランスにおいて、日米に対照的な帰結をもたらし、第2次世界大戦後の日本の経済成長を支えた日米の経済関係を逆転させる。
この先、米国は1次エネルギーの輸入を顕著に減らす。遠からず、いまや勢いを得つつある予測がいうとおり、エネルギーにおける対外依存をほぼゼロにするだろう。米国の経常収支は、少なくともその悪化に歯止めがかかり、ことによると改善に転じる。そしてその正反対に動きそうなのが、ほかならぬ日本経済だ。
原子力発電を維持・更新する向きへ日本政治が勇気ある決断をするのでない限り(その可能性は小さい)、日本の資源輸入は減らない。米国の規制当局や連邦議会の意向いかんによるとはいえ、米国産ガス・石油が今後本格的に日本へ入ってくるとなると、すでに悪化した対米貿易バランスは逆調の度合いを増していく。
日本が対米貿易「赤字」を生み、増やしてさえいく日は刻々と近づいている。日本の政官民各層で指導的立場にある現役世代の人々にとって、想像さえしなかった事態の到来が目の前にきている。所得収支の黒字が埋めてくれると、高をくくってもいられない。すぐ後に見るように、日本経済は経常収支においても全般的な弱体化を続けているからだ。
日本経済は、資金繰りに難儀するときを迎える。貯蓄と経常収支が常に平衡するマクロ経済の恒等式からして、いつか当面しなくてはならない事態だった。労働人口が減る日本で、貯蓄は減らざるを得ない。経常収支も悪化するほかないからだ。驚きとは、事態が進展するその速さである。震災がもたらした原発恐怖症と、米国におけるシェール革命が複合的に作用し、思わぬ加速がついていくのである。
このことはむろん、日本国内金利を上げ含みに転じさせ、国債消化難へと帰結する。ギリシャの困難は、遠い殷鑑(いんかん)といえなくなる。
■Thinking About the Unthinkable—不測の事態に備えよ
シェールガス、シェールオイルによって1次資源の対外依存度を減らす米国は、政治と安全保障における対外関与をどう変えるだろうか。マクロ経済バランスと並んで注目せざるを得ないのは、シェールガス革命の地政学的帰結である。変化は恐らく、中東地域に対する米国の関心を低下させる方向に働く。
世界秩序を保全する責任意識は米国において、中東への関わりが少なからず支えてきた。そのことに鑑みると、中東への関心が弱まることは、対外関心それ自体を低める効果を米国に引き起こさないとは限らない。世界はそれで安定が増す方向になるだろうか。答えはまず間違いなく、否である。
世界秩序の不安定化により、将来に対する予見の困難度は否応なく高まる。それにつれて、グローバルな資金の流れをつかさどる金利はリスクの増勢を反映し、上げ基調に転じざるを得まい。
内外の要因は相互に加勢し合い、日本の金利を引き上げていく。かようにシェール革命の波及範囲とは、広範に及ぶであろう。この際まず必須の作業とは、「考えられない事態をこそ考える(to think about the unthinkable)」ことだ。日本の意思決定機構が、1度として得意だったことのない課題である。
■稼ぐ力失う日本経済
日本の貿易黒字は、1998年から2007年の10年のうち6年は、10兆円を超す額を記録していた。この間の最高額は、1998年の13兆9914億円、最低額は2001年の6兆5637億円である。2008、2009年と、世界経済の後退を受け2兆円台に落ち込んだ貿易黒字額は、2010年、6兆6347億円まで持ち直したところだった。あるいはこれが、日本経済が相当規模の貿易黒字を記録した最後の例となるかもしれない。
2011年、日本の貿易収支は実に31年ぶりとなる赤字を計上した。その額は、2兆5647億円。2012年の貿易赤字は5兆円程度に達する見込みだ。日本の貿易収支は、過去最大の黒字だった1998年から14年間で、絶対値にしてマイナス方向へ、19兆円近く悪化する計算になる。
この落ち込み幅は、経済規模にして世界40位前後の国(チリ、イスラエル、ポルトガル、エジプトなど)のどこか1国が丸ごと消えてしまった場合に匹敵する。
経常収支の推移をたどって見える日本経済の変化も尋常ではない。2007年に24兆9342億円を記録したわが国の世界全体に対する経常黒字は、2012年、わずか4兆3000億円弱にとどまるものと見込まれている。
下落幅は20兆6300億円あまり。別の比較を試みるならば、ゼネラル・モーターズとフォードがそっくり消滅するのに近い規模である。この間失われたに違いない雇用を思うとよい。これが米国なら、どんな大統領にも再選は不可能となることだろう。
シェール革命がより直接に影響すると思われる日本経済の対米バランスに焦点を当てるなら、ここでもすでに貿易収支が変容しつつある。米国に輸出することによって成長する、ないしは不況から脱出するといった日本に根付いていたはずの力学は、もはやわれわれの固定観念においてのみ存在するにすぎない。日本の対米貿易収支は、1998年からの10年間、7、8兆円前後の黒字額を保ち続けた。この間の最高額は、2006年に記録した9兆0223億円である。しかし、世界金融危機を経て、2009年以降は3~4兆円程度にとどまっている。
このように、日本経済の対外バランスは、今世紀入りした前後からのごく短い期間に、貿易収支でも経常収支でも莫大(ばくだい)なスケールで急激な悪化をみた。このことは、大方の経済アナリストたちがいう通り、原発アレルギーの日本が、化石燃料の輸入を著増せざるを得なかったことが直接の原因である。しかしより根底にあるのは、ポジティブなキャッシュフローを稼ぐ力それ自体において、日本経済にもはや余力が残っていないという事情であろう。
■貯蓄が減れば経常収支は悪化する
コインの裏側には、日本における貯蓄余剰時代の終焉がある。
日本の2012年における家計貯蓄率は、経済協力開発機構(OECD)の統計によると1.9%。10.1%のドイツはもとより、3.7%の米国をも顕著に下回る。落ち込み幅はここでも大きい。1995年時点からの変化を見ると、ドイツと米国は約1パーセンテージ・ポイントの下落にすぎなかったのに対して、日本では12.2%から10ポイント以上落ちた。(OECD Economic Outlook, No. 92)
政府部門が債務超過であるのはいまさらいうまでもない。日本の場合は企業が蓄えた貯蓄(というより投資の不足)がこれらを補い、国全体の貯蓄率(名目国内総生産[GDP]比)は22.9%とまだしも余裕を保っているとはいえ、これ自体、1995年の数字から8.6ポイント落ちたものである。そもそも貯蓄の主体が企業部門であるとは、投資機会減退の証左にほかならない。とすると、家計という本来の貯蓄主体がこれから盛り返す見込みも乏しいと結論せざるを得なくなる。
まさしくかような背景のうえに、シェール革命が影響を及ぼす。すでに3兆円近くに落ちた米国に対する貿易黒字は、赤字に転じるだろう。シェールから取り出す天然ガスであろうが、アラスカで採掘される従来型天然ガスであろうが、これが本格的に日本へ輸出されるときこそが、歴史的な画期となる。
以上の立論に対しあり得る反論としては、米国から資源を買うことは、第1に安全保障上の同盟相手から買うゆえに、経済面以外の利点があるとするもの、第2に石油価格連動の国際価格は天然ガスにおいて割高になるところ、米国から安く買えるなら対外収支をむしろ改善するのではないかと論じるものだ。
第1の立論に、筆者は賛成したい。資源を同じ買うなら、米国から買えばよい。第2の主張については、これが米国産ガス・石油は安くなり得るとする点で同意したい。というより、米国から本格的にガス・石油を輸入するならば、同盟関係を価格交渉に生かせるよう心がけ、安く買うべきだと考える。
それでもなお、ひとは日本が対米貿易赤字を生むに至ったとき、ある種の衝撃とともに日本経済の実力について覚醒せざるを得まい。地域別貿易収支尻の統計が示すとおり、いまの日本には、かつて米国市場がそうであったような、まとまった規模の輸出が可能な国・市場がひとつもない。日本は中国に対して1988年以来、毎年貿易赤字を計上して今日に至る。たとえ米国から買う資源価格が割安だとしても、米国に対して売るものがなくなった日本経済の対外バランスが、それによって顕著な改善効果を得るとは思えないのである。
対米経常収支赤字が生まれれば、世界全体に対する経常収支が赤字に転じるときもそう遠くないと見込んでおくべきだ。日本をひとつの企業に例えるならば、本業の収益を示す営業収支がやがて赤字に転じる。そして経常収支も赤字となるのであるから、資金繰りは容易でなくなる。
ひとたびこの事態が明白になると、金利の上昇を制御することは極めて難しい。ギリシャやポルトガルに起きたことを想起するまでもない。元本返済など夢想だにできぬ政府債務は、雪だるま状に膨張する。
■米国の対外関与は減衰するか
本稿はここまで、日本の対外収支悪化の推移をたどり、米国産資源輸入のあり得べき増勢がこれを加速していくだろうこと、そしてそのひとつの帰結として、日本の金利が上昇し、財政状況が顕著に悪化していくことを指摘した。
これらにはむろん、政治的帰結が伴う。
中国の台頭と領海拡張の野心を制すべく防衛力や海上保安力の整備を図りたいならば、日本にとっていまがそのほとんど最後の機会となる。国内社会秩序が穏やかで、財政の持続可能性にいくばくか期待が残るいまのうちならば、中国に対する抑止力の増強は、日本にまつわる予測可能性を下支えするものとして、前向きのナラティブ(物語)に仕立てることができるだろう。時間の経過とともに、それが困難になっていく。
「基地運営コストの負担と引き替えに米軍の力を買う」という戦後日本の定式は、両辺の均衡を失っていく。米軍は今後、太平洋からインド洋までの地域にむしろ追加投資をしようとしているが、日本はホスト国としての出費を増やすことが難しくなり続けるからだ。ここからは、日本側の追加出費を必要とせずに日米同盟の力を維持・強化する方策があるなら、何であれ試みるべきだとの結論が導出できる。オスプレイ配備は歓迎すべきであるし、集団的自衛権の憲法上の承認など、大いに急ぐべきだ。
もはや容易に小切手は切れない以上、対外開発援助にも工夫が要る。対象国・案件を精査し、よほど絞り込まねばならない。
けれどもこうした日本国内に起きるだろう政治的帰結とは、世界大で見た場合、シェール革命が招来し得る地政学的変動の前には、規模や波及度においてかすんでしまうだろう。
世界の戦後体制を支持した柱のひとつとは、中東諸国に対し米国が提供を約した安全保障の枠組みだった。なかんずく石油増産・減産のレバーを握るサウジアラビアと米国は、価値観によって結ばれた関係でこそなくとも、利害によって結ばれた連携を維持し、そのことが、油価低迷の中、ソ連を窮迫させる場合などにおいて有効に働いた。
中東に及ぼした米国による安保のひとつの見返りとは、サウジアラビアが石油代金の決済をニューヨークのドル資金市場に集中させ、石油マネーが必ずドル市場に循環する仕組みを生んだことだった。ドルは石油を筆頭に1次産品の決済通貨として唯一の存在となり、米国は、フランス人の言葉によれば「とてつもない特権」をそれによって得た。為替変動リスクから免れ、自国の金融政策が世界に影響を及ぼし得た米国の特権とは、ドルによってのみ石油を買えた事実によるところが大きい。
これらがいま、シェール革命の影響がまだ萌芽(ほうが)にとどまるうち、変わりつつある。
■米国、55年ぶり中東で後退
リビアのカダフィ大佐を追い詰める空爆作戦を英仏両軍に委ねた米国の判断は(精密爆弾の供給など米国の関与が作戦の帰趨を左右したとはいえ)、1956~57年のスエズ危機によって英仏両国の影響力を中東から削り取って以来、同地域にオーナーシップを維持し、主張してきた米国が、55年ぶりで後景に退いたことを意味した。また、デイビッド・サンガーが新著Confront and Concealで記録したオバマ大統領によるムバラク・エジプト政権の政治的償却とは、戦後、米国が中東地域に築いた無形資産に損切りを施し、自らそれを低めに見積もった行為に等しかった。
イラクとアフガニスタンからの撤退、インド洋・太平洋地域への重心移動という安全保障における優先順位の組み換えとあいまって、米国の対中東関与はすでに減退を始めていた。ここに、シェール革命がその影響を及ぼしていくのである。
本稿はこの先、事実や数字にもとづいた議論をしない。未生の事態を論じるのだからである。けれども、米国経済が化石燃料の自給自足を勝ち得るとなると、中東秩序の保全に米国の介入を期待することは難しくなる。このことに異議を挿(はさ)む向きはあるまい。
米国という暗然たる重しがはずれるとすると、中東秩序は「アラブの春」をしのいだサウジアラビアを含め動揺に向かうだろう。米国は有志を集め収拾に乗り出すだろうが、中国やロシアが容易に従うとは思えない。そのときにこそわれわれは、無極の世界がいかに不安定かを知る。
投資家はリスクを恐れて臆病となり、自国市場へと内向する資金の退行を追いかけるように、グローバル化の波は逆回転を起こす。すなわち世界の金利は低位安定の時代を終えて上昇に転じ、耐久力の弱い国を狙い撃ちしていくだろう。キャッシュフローを稼げなくなりつつある日本は、この波に襲われる恐れが強い。中東産油国への依存度が高いから、なおさらである。
このとき中国が持ちこたえるか否か予測の限りではないが、北京は可能なら、人民元で石油と資源を買える体制を樹立しようとするであろう。アジア各国中央銀行における人民元準備は著増する。連れて、北京の政治力が倍加するというのは、あり得るシナリオである。
■日本は超党派でリスクに対処せよ
こうしてみるとシェール革命とは、経済現象としてだけ論じるわけにいかない。米国を世界秩序の安定保全勢力として担ぎ続けることは、既往の体制から利益を得てきた国々にとって共通の課題となる。中でも日本は、リスクを高める複合要因を抑え込む努力をすぐにでも始めるべきである。
東京の政治家は与野党を超え、こうした時代の趨勢に関して共通理解に至らなくてはならない。いまなら実施できるが、今後すぐに実施できなくなる政策を列挙し、これについても超党派の理解を得ることが望ましい。
外交では、すでに歩を始めた方向に動きを加速させることだ。すなわち、海洋民主主義諸国との連携であり、英語圏諸国との関係強化である。前者は、価値観と利害を同じくする国々との協働を図ることであり、後者が重要な意味とは、情報は英語のうえでこそよく流れるものだからだ。そして情報は先行きの見通しが難しい時代になるほど重要性を持つ。従って、豪州やインド、英国、カナダといった国々との連携に、日本外交は従来に倍する比重をかけるべきだと考える。
日本のエネルギー資源調達はどうあるべきか / 柴田 明夫
source : 2012.12.21 nippon.com (ボタンクリックで引用記事が開閉)
シェール革命が世界のエネルギー地図を塗り替えようとしている。一方、日本政府は、今後のエネルギー政策について、脱原発、再生可能エネルギーの拡大を掲げている。しかし、これらの目標の実現に不可欠な原油、LNG(液化天然ガス)、石炭など化石燃料の安定調達をどう図るかについての認識が薄く、資源調達に向けた戦略性にも乏しい。
■米国産だけで全世界ガス需要の60年分
シェール革命の「シェール」とは、地中深くにある固くて剥がれやすい頁岩(けつがん、シェール)に含まれる天然ガスとオイルを指す。1970年代のオイルショック時からその存在は知られていたが、当時は原油価格が1バレル=200ドル以上にならなければ開発が難しいと言われていた。しかし、今世紀に入り、チェサピークやアナダルコなどの米国の中堅石油企業が低コストでの開発を可能にした。2006年より本格的な商業生産が始まり、シェールガスの生産コストが急速に低下。天然ガス価格は、2008年の100万Btu (英国熱量単位)当たり12ドル台をピークに急落し、2012年には2ドル台まで低下している。これは熱量等価による原油換算価格で10数ドルに過ぎない。
シェールガスの魅力は、その資源量の豊富さだ。EIA(米国エネルギー情報局)によると、米国だけで技術的に回収可能な資源量は、全世界のガス需要の60年分を賄える規模だ。米国以外にも中国、オーストラリア、南アフリカ、メキシコ、ポーランドなど32カ国で資源量が期待されている。これらに加え、タイトサンドガス(浸透率が低い砂岩などに含まれる天然ガス)、CBM(コールベットメタン=石炭層に貯蔵されたメタンガス)などを含めた技術的に回収可能な非在来型天然ガス資源量は約230兆m3(立方メートル)で、在来型天然ガスの残存確認埋蔵量の約181兆m3を上回る。
■エネルギー市場を激変させる3つの可能性
シェール革命は世界のエネルギー地図を塗り替える可能性が高い。
第1は、米国の産ガス・産油国としての復活と中東・ロシアの地位低下である。国際エネルギー機関(IEA)は11月12日、「世界エネルギー見通し(2012年版)」を発表した。そこでは、近年のシェールオイルの増産により、米国の産油量が2015年までに日量1000万バレルに達してロシアを追い抜き、2017年にはサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になると予測している。ちなみに、米国の2008年の産油量は日量680万バレル、2012年は同896万バレルの見通しである。一方、米国の石油輸入は継続的に減少しており、2035年には石油をほぼ自給し、北米全体では石油の純輸出国になると予測。さらに、米国はシェールガスの生産も拡大し、2020年までに天然ガスの純輸出国になる見通しだ。
貿易面でも、2004年までは米国では天然ガスの供給不足懸念が強く、2030年には世界のLNG輸入の2倍の規模である3億9000万トンのLNG輸入が必要とされていた。このため、米国市場向けにカタール、豪州、ロシアのLNGプロジェクトが始動し、メキシコ湾岸にも多数のLNG受け入れ基地が建設中であった。しかし、今やこのシェール革命によって、米国では逆に天然ガス余剰感が高まり、将来的な米国のLNG輸入需要が消滅した。皮肉なことに、行き場を失った天然ガスが、原発事故に見舞われた日本に向かうことになった。
第2に価格面への影響である。シェール革命により原油価格は年末までに50ドルまで下落するとの見方も出てきた。しかし、こうした見方は極端に過ぎるだろう。本来、シェール革命は原油価格が高騰したために起こったものだ。その背景には、様々な革新的革新の組み合わせがある。具体的には水平抗生掘削(生産井を垂直に掘り下げた後シェール層に沿って水平に展開)、水圧破壊(500~1000気圧の水圧で岩盤を破砕)、フラクチャリング(破砕した岩盤の割れ目が閉じないようにプロパントと呼ばれる物質を効果的に置いて行く)、マイクロサイスミック(フラクチャーの広がりを正確に把握する)などである。こうしたシェールオイルの生産は原油価格が70~80ドル以上でないと採算が合わないとされており、原油価格が急落すればシェール革命も頓挫するだろう。
この意味では、現在、米国で起こっていることは、世界的なエネルギー需要の拡大に対して、従来の原油価格が新たな需要規模に見合った均衡点価格を模索する動きといえよう。これが現在、シェールオイルの生産が増えているのにもかかわらず、原油価格が80ドル台で推移している理由なのである。
第3に、環境面でシェール革命は新たな問題を提起する可能性が高い。世界経済が再び膨大な化石燃料に依存することにより、CO2に代表される膨大な温室効果ガスの排出を招く恐れが大きい。さらに、シェールガス・オイルの増産は、生産コストの高い再生可能エネルギーの推進にとっては逆風となる可能性も高い。このことは、温室効果ガス削減に向けた世界的な取り組みを困難にさせることを意味する。
■矛盾多い日本の新エネルギー政策
こうした中、日本政府は2012年9月19日、エネルギー・環境会議の「革新的エネルギー・環境戦略」(革新戦略)を踏まえ、今後のエネルギー政策の見直しを閣議決定した。革新戦略は、2030年代に
(1)原発に依存しない社会の一日も早い実現
(2)グリーンエネルギー革命の実現
(3)エネルギーの安定供給
を3本柱として掲げている。しかし相互に矛盾点が多く、(1)、(2)に移行する前に必要となるエネルギー資源の安定供給をいかに図るかについての認識と戦略性に欠ける。
原発ゼロを掲げ、40年運転制限を厳格に適用するとしながらも、原子力規制委員会の安全確認を得たものは再稼働を認めている。原発の再稼働に当たって不可欠な核燃料サイクルの早期確立や放射性廃棄物の最終処分場については、現状を述べたにとどまっている。地中熱、太陽熱、河川熱など再生可能エネルギーの大量導入をうたっているものの、財源の目途がない。低廉な価格でのエネルギー安定供給の重要性は変わらないとしつつも、その内容は火力発電の高度利用やコジェネ(熱電併用)などが中心だ。
これに対し現状は、原発稼働率が低減する中で、電力各社が火力発電所の稼働率向上を主体に電力供給を維持しようとしている結果、石油や天然ガス、石炭などへの依存度が高まっている。革新戦略を実現する上で最も重要なことは、この間の石油、石炭、LNGなど化石燃料の安定的かつ安価な調達をどう図るかである。しかし、今回の戦略では、全体15ページに及ぶ報告書のうち化石燃料確保についての言及はわずか10行にとどまるなど、この点についての認識が乏しいと言わざるを得ない。
■変わらぬ中東依存の構図
振り返れば、「石油の世紀」と言われる20世紀において、石油市場は大きく、
1)1960年代までのオイル・メジャーズ時代
2)1970年代のOPEC(石油輸出国機構)の時代
3)1980年代の先進消費国の時代
4)1990年代の市場(原油価格低迷)の時代
と、ダイナミックに変遷してきた。
1970年代に2度の石油危機を経験した日本は、この間、どのようなエネルギー戦略を進めてきたのであろうか。表1は、過去の石油危機と、今世紀に入ってからの石油価格の急騰における日本経済への影響を比較したものである。これによると、次のような特徴が指摘できよう。
1) 一次エネルギーに占める原油の割合は、1970年代では70%台であったのに対し、近年では40%台に低下。これを補う形で、天然ガス、原子力のシェアが各19%、12%程度まで高まるなど、エネルギーの多様化が進展した。中でも原子力は、産油国の政策に左右されない安定電源として推進されてきた。
2) 原油の割合は低下したものの、中東依存は76~80%と一貫して高く、「脱中東化」すなわち原油輸入先の多角化は進んでいない。一方、備蓄日数は1970年代が民間を中心に67日、92日であったのに対し、近年は政府備蓄を主体に193日と増加。
3) 原油価格の上昇率は、1970年代が直前の1バレル=3ドルから42ドルへ14倍に上昇したのに対し、2007年以降は58ドル⇒147ドルへと2.5倍にとどまっている。ただ、上昇幅は約100ドルと大きい。
4) 総輸入額に占める原油輸入額の比率は、1980年度では43%あったのに対し、近年は18%まで低下。原油輸入量は2億8,861万klから2億1,443万klへと漸減している以上に、円レートが273円/ドルから82円/ドルへと3倍以上切り上がったことが大きい。
要するに、日本は原油価格の上昇を、天然ガスと原子力への代替および為替相場の切り上げと備蓄日数の増加により対応してきたのであり、中東に大きく原油を依存する構図が変わったわけではない。一方、海外に目を転じると、米国で急速に進むシェール革命が、世界のエネルギー地図を塗り替えようとしている。
■震災後にLNGの輸入急増
2011年3月11日の東日本大震災と原発事故は、日本のエネルギー政策そのものを白紙に戻す事態となった。電力各社は、長期にわたる電力不足懸念に対し、火力発電所の稼働率を向上させることで電力供給を維持しようとしているが、そのためには原油、天然ガス、石炭などの安定供給が不可欠となっている。
実際、大震災以降、日本が直面している電力不足問題をエネルギー面で支えたのがLNGの輸入拡大である。2011年のLNG輸入量は7,521万トンで前年の7,056万トンから6.6%増加(図2)。価格高騰もあり輸入額は前年比50%以上増加し、2012年に入ってもこの傾向が続いている。中でもカタールからのLNG輸入が急増している。ちなみに同国は、米国向けに大幅なLNG輸出能力の拡張を行った。しかし、米国で2006年頃よりシェール革命が急速に進んだことにより天然ガスの供給過剰感が高まり、カタールは輸出先を失う格好となった。この余剰スポットLNGの調達を行ったのが日本である。
■化石燃料のベストミックスで安定供給を
日本はエネルギー市場の安定要因として期待されているシェール革命の影響を戦略的に取り込む必要があろう。特に、現在日本が輸入しているLNGの購入価格は欧米に比べて8~10倍高い。欧米が天然ガスそのものをパイプライン輸送しているのに対し、日本はほとんどがLNGでの輸入のためだ。LNGは、天然ガスをマイナス162度の極低温で液化したもので、体積は気体の約600分の1になる。LNG貿易を行うためには、天然ガスの探鉱・開発・生産、パイプライン敷設、液化プラント建設、LNG専用船の確保、受け入れ再気化基地の建設など、高度な技術を駆使し巨額の資金を要する。
このため、通常LNGの売買契約は、20~25年の長期間にわたり、取引面での硬直性が強くなる。しかも、買主が買主側の事情で、契約数量を受け入れできなかった場合でも、契約数量についての支払いを行う義務(テイク・オア・ペイ契約)がある。このような厳しい条件があり、取引上、硬直性が強い(この点、逆に安定供給の面からは望ましい)。LNGプロジェクトの一貫性、特別注文的性格などから、プロジェクトの円滑な遂行を果たすためには、供給者と需要者の相互信頼、協調関係が不可欠である。それ自体、安定供給にはつながるものの、価格はどうしても高くなる。シェール革命の波及により今後急拡大が予想されるスポット市場でのLNG輸入も積極的に検討していくべきであろう。
石炭も戦略資源として見直しが必要だ。日本では、石炭は安価ではあるが、地球温暖化の原因となるCO2の排出量が多いうえ大気汚染の原因物質を放出し、燃えがらの処理にも苦労するなど、厄介者のイメージが強い。しかし、BP統計によると、世界の石炭消費量は、2000年の2,292百万トン(石油換算)から2010年3,555百万トンへ1.6倍に拡大。世界の一次エネルギー消費で最も高い伸びをしている。中国など新興国の経済発展に伴うエネルギー需要が急増しているためだ。一方、石炭には確認埋蔵量が豊富で可採年数が200年に達し、広く世界中に分布しているというエネルギー資源としての強みがある。IGCC(石炭ガス化複合発電)・CCS(CO2回収・貯蓄)技術の導入など、石炭のクリーン利用を進めることで石油、LNGとのベストミックスによる化石燃料の安定供給を図る必要がある。
米CSIS所長が語る―日本の脱原発の意味 / 谷口 智彦
source : 2013.01.09 nippon.com (ボタンクリックで引用記事が開閉)
日本の原子力政策の行方に世界が注目している。日本の脱原発は世界のパワーバランスにも大きな影響を与えるからだ。2012年11月、nippon.com編集委員の谷口智彦・慶應義塾大学特別招聘教授が、国際社会から見た日本のエネルギー政策の意義について米戦略国際問題研究所(CSIS)ジョン・ハムレ所長に聞いた。
■議論尽くされていない日本の代替エネルギー問題
谷口 2012年の秋口、野田政権は原発稼働を2030年代にゼロにする方針を打ち出しました。もっと良い電源構成を検討すべきというのがその主張ですが、内容は原子力から代替エネルギーに傾斜しています。選挙を意識してのことでしょうが。
ハムレ 有権者の原子力に対する忌避意識を、野田首相が考慮に入れている。それは理解できます。しかし、原子力に反対する一方で、日本の人々が代替エネルギー資源についてどこまでリアリスティックに考えているかは疑問です。太陽光や風力に替えればそれで解決する、後は実行するだけという向きがあるようですが、代替エネルギー源が抱える問題点については十分な議論が尽くされていないわけです。
原子力に替わるエネルギー源はおろか、原子力それ自体についても、まともな議論が聞こえてこない。きちんと情報キャンペーンを行ってこなかったという点では、民主・自民両党ともに非があるのではないでしょうか。有権者を説得することは必要ないのです。むしろ、必要なのは国民に情報を与えることです。そもそも野田首相自身が、代替エネルギーに関する情報や国としての戦略について、十分なアドバイスを得ていたかどうかも疑問です。
谷口 そうしたリアリティーに対し、日本はなぜ目をつぶってしまうのでしょうか。
ハムレ ひとつは被災後の精神的ストレスの表れと言えるでしょう。「3.11」が日本に与えた影響は甚大でした。そして、さらなる痛手は、危機のさなか、東京電力を含む産業界のリーダーや政界の指導者がしっかりとリーダーシップを発揮できなかったことでした。有効な手だても示されず、指導者たちが事態を把握しているのか、なんらかの対策を考えているのかといった情報も届かなかったのですから、人々はさらなる不安に陥ったわけです。それがより深刻な危機を引き起こしたと思います。
谷口 そうした状況は、原子力やエネルギー問題に限りませんね。日本は経済面でも非常に大きな課題を抱えています。ビジョンもリーダーシップも欠けているとなれば、さらに問題の根は深い。
ハムレ 何事もコンセンサスでというのが、古来の日本流意思決定ですからね。このアプローチの場合、正しい進路をたどっているうちは良いのですが、ひとたび足並みが乱れると、新たな進路へと国をリードするのは非常に難しくなるでしょう。
谷口 次の首相は国民に真実を話せる人であってほしいですね。英語で言う “bite the bullet (困難な状況に立ち向かうの意)”の姿勢を期待したい。
ハムレ 日本には強い政治指導者が必要だと感じます。政治の指導力が弱くなり、かれこれ10年以上がたっている。日本には優れた才能がいくらでもあるのに、政治指導力が弱いと、誰もが自信をなくしてしまいます。
■中国の原発推進という地政学的リスク
谷口 エネルギー問題を3つの分野に分けてお聞きしたいと思います。最初は経済に与える影響です。日本は化石燃料の輸入量を増やさざるを得なくなり、貿易赤字に陥りました。2つめはエネルギー問題に欠かせない戦略的な意味合い。そして3つめに日米関係、特にエネルギー分野における両国関係についてお聞かせください。
ハムレ まず経済への影響ですが、太陽光や風力発電といった代替エネルギーは短期的に見れば現実的でありません。残された唯一の道は、石油か天然ガスを大量に輸入することですが、これにも問題があります。日本の製造業は、海外の競争相手の3倍から4倍も高いエネルギーコストを支払わなくてはならなくなる。例えば天然ガスの場合、米国では100万BTU当たりの価格が3ドル以下であるのに対し、日本では14ドル近くもします。約5倍の開きがあるわけです。確かに日本は省エネに秀でていますが、コストがライバルの5倍に跳ね上がればお手上げでしょう。そうなれば、経済への打撃は甚大です。エネルギーコストの増加により、日本はグローバル経済の競争からますます立ち遅れることになる。
地政学的な側面については、まず日本が理解すべきことがひとつあると思います。それは、原発を止めるのは日本の自由ですが、止めることによって中国が変わることはないということです。中国は今後も原発をつくり続けていくでしょう。韓国、インド、ロシアも同じです。ここで2方面からの地政学的リスクが生まれます。ひとつは、こうした国々で原発がどの程度安全に運用されるのかということ。中国を批判しようというのではありません。しかし、これまでの中国を見る限り、複雑なシステムをきちんと運用した実績がない。しかも、中国は日本の風上に位置するわけです。中国で原発事故が起きれば、当然日本も影響を被ることになります。
■堅持すべき“核不拡散体制”のリーダーシップ
ハムレ もうひとつの地政学的リスクは、より複雑です。原子力というのは、経済的には有効なエネルギー資源となり得る一方で、核兵器の原料という側面もはらんでいる。そこで、国際社会は過去35年にわたって、商業用原子力プラントで生じる核物質がひそかにプルトニウム爆弾の製造に利用される、といった事態を防ぐシステムを作ってきたわけです。それが核不拡散条約体制です。このシステムは非常に有効に機能しており、これを国際的に率いてきたのが欧州であり、米国であり、日本です。
しかし、もし日本が原発を放棄し、欧州や米国もその動きに追従するような事態になれば、核不拡散体制を支えてきた国々がこの問題に一切関与しないことになります。もちろん、こんなことは起きてもらいたくはありませんが、体制はおのずと崩壊し始めるでしょう。韓国、中国、インド、ロシアといった国々が、この分野でリーダーになったことはありません。みなフォロワーです。核不拡散分野のリーダーたちが原発を放棄するとき、もはやわれわれの手で将来の不拡散体制を動かしていくことはできなくなります。これは日本、そして米国にとって測りしれないリスクです。原子力の利用を継続すべき理由のひとつとして、日本政府はこの点をよく考える必要があると思います。原子力の安全な利用のために何をしなくてはならないか。それを諸外国へ訴えていくとき、米国は日本に良きパートナーであってほしいのです。
日米関係についてですが、まず初めに両国関係は非常に深く、広範にわたっていることを述べておきます。仮に日本が脱原発の道を選択したとしても、それで壊れるような関係だとは思いません。しかし日本が原発を放棄するということは、米国にとって日本がもはや、グローバルな問題でタッグを組む相手でなくなることを意味します。これこそが、われわれが直面しているリスクです。米国は長きにわたり、日本をパートナーとして高く評価してきました。アジアにおいて西側の進歩的な価値システムを、自ら範として示す国が日本であり、米国はそうした日本を大いに認めてきたわけです。ですから、日本の影響力が弱まってほしくない。日本が原発を放棄した場合、米日関係が終わることはなくても、いろいろな面で難しくなると思います。
■日本は「健全で活力ある頑丈な国」であれ
谷口 野田氏の新たなエネルギー政策を最初に聞いたとき、経済、地政学、日米関係のうち、どれが最も深刻な問題だと感じましたか。
ハムレ 最も深刻だと思ったのは、長期的な影響についてです。つまり、これによって次第に核不拡散体制が腐敗しかねない。それが最大の懸念でした。その次に考えたのは経済面です。こちらはもっと短期の話ですが、もたつく日本の経済復興がいっそう先送りされかねないな、と。米国は、日本に健全で活力のある、頑丈な国でいてほしいわけです。核不拡散体制の問題は、いずれにしろこの先20年の間に生じることですが、米国や日本が今からその備えを始めないと、原子力エネルギーの分野は中国やロシアといった国々に凌駕されてしまう。米国や日本は単なる小プレーヤーに成り下がり、もはや世界の安全保障体制を築くことなどできなくなってしまいます。
谷口 いずれにしても、日本はじわじわと衰微し、国際社会における存在意義を失いつつある、という図式になりますね。
ハムレ 日本から訪ねてくる友人たちの多くが、国の衰退を憂い、日本は次のスウェーデンやスイス、ポルトガルのようになってしまうのではないかと言います。そんなときは「何を言っているのか。日本は(自由世界で)2番目の経済大国ではないか」と答えるんです。「日本は経済大国なのだから、自信をなくさずに前進しなくては」と。果たして日本が自信を取り戻し、再び発展の軌道に乗れるか、というのは大きな問題です。
確信や自信。そういったものが、今の日本には欠けています。それは日本のお国柄が文化や経済に出ているということではありません。日本の経済や文化は類まれな強さを持っていると思います。弱いのは、政治の指導力でしょう。
■シェールガス革命でも原発再稼働は必要
谷口 経済の話に戻りますが、日本企業は米国企業の何倍ものコストをエネルギーに費やさなくてならなくなる。ここで2つ質問です。まず、この状況に対して日本のビジネス界が声を上げないのはなぜでしょうか。次に、いわゆるシェールガス革命に伴い、米国のエネルギーコストはますます低くなっています。シェールガスやシェールオイルが日本に輸出されるようになれば、情勢は変わるのでしょうか。
ハムレ シェールガスやシェールオイルは、いずれ日本へ輸出されるだろうと思います。米国にあるシェールガス井のうち、探査されたほぼ半分は封をされ、市場に出回っていません。もし採掘業者がガスをすべて市中へ出してしまったら、ただでさえ安いガス価格がさらに下落してしまうからです。この点からしても、輸出の機運は高まっています。ただ、そこで付く値段は国際市況価格になると思います。つまり最後に買った人が100万BTU当たり価格でいくら払ったか、それで決まるということです。もちろん世界中にシェールガスがあふれるような、劇的な変化があれば話は別ですが、日本は当面シェールガスも高値でつかまざるを得ないのです。
だからこそ、原発再稼働は日本にとって重要なのです。原発が電力を安く、安定して供給できる一方、太陽光や風力は不安定です。大きな台風が来たら工場の稼働はどうなりますか。天気は毎日変わります。天候に合わせて、経済をまるでヨーヨーのように行ったり来たりさせるわけにはいきませんから。
谷口 確かに、先日米国を襲った「サンディ」のような大型ハリケーンが来たら、自然エネルギーはストップしますね。
ハムレ その通りです。夜は発電できないし、曇りの日には発電量が落ちる。大規模蓄電技術もありません。ひとつの方法は、電気自動車が広範に普及することで、そうなれば国中に分散する巨大なバッテリーシステムがあるような状態になります。しかし、そのときですら、家庭やオフィスの電力消費が減る夜間に、ベース電力として安い電力が供給される必要があります。でも、その電力を太陽光で賄うことはできません。いつでも一定の発電量を確保するには、天然ガス、石油、もしくは原子力という選択肢しかない。とりわけベース電力について言えば、効率面で原子力の右に出るエネルギー資源はないのです。
つまり事態ははっきりしている。必要なのは国民に明確な情報を提供し、きちんと対話をすることです。数週間前に東京を訪れた際、首相官邸に行く機会があり、反原発のデモ隊を見かけました。そのとき感じたのは、この中のいったいどれだけの人が、風力発電施設の平均稼働率が10%にすぎないという事実を知っているのだろうか、太陽光発電の実態を直視しているのだろうかということでした。自然エネルギーには頼れないのだという現実を、誰かがきちんと事実として示していかなくてはならないと思います。
■政財界指導者に求められる毅然たる姿勢
谷口 官邸周辺のデモ隊が着ているTシャツを見ると、彼らの多くが主張しているのは「反原発」ではなく「平和の推進」です。石原慎太郎とか安倍晋三などが日本を右傾化させていると言う人たちが多くいますが、デモ隊の光景から見ると日本はむしろ左傾化していると言えます。この点、お気づきになりましたか。
ハムレ いいえ、デモ隊に知り合いもいないので、そこまでは気付きませんでした。彼らの態度が真摯でないと言うのではありません。問題は彼らがリアリスティックかどうかです。この点でも、政治指導者からの声が聞こえてこない。自民党の政治家にも会いましたが、ひとり立ち上がり、原発は必要なんだと訴える気構えのある人はほとんどいませんでした。今は世論がそれこそ「ハリケーン・サンディ」さながらの状態ですから、じっと嵐が通過するのを待っているのでしょう。言うなれば「ハリケーン・フクシマ」でしょうか。暴風雨の中で下手に何か言ったら吹き飛ばされてしまうとばかり、皆が口を閉ざしている。しかし、反原発が何を意味するのか、きちんと説明しなくてはいけないと思います。
谷口 経済界のリーダーたちも、同様に押し黙っていますね。
ハムレ 日本の経済界には、直接の当事者に対して差し出がましいことを言うまいとする態度があるように思います。福島の事態に際しても、大方の企業は黙ったまま、東電、あるいは原子炉を設計した日立や東芝に任せようという態度でした。これは誤りだったと思います。原子力をなくしたらどうなるか。経済界は、そこを明確に国民に伝えようとしませんでした。それでは、なすべき任務を十分果たしていません。もっとはっきりと声に出して主張する必要があります。
■安全保障に不可欠な超党派のコンセンサス
谷口 最後にもうひとつ。まだ大統領選の結果は出ていませんが(※1)、これまで伺ってきたような点について、米国では党派を超えた合意が形成できそうでしょうか。
ハムレ ワシントンの空気として、安全保障に関わる問題については、超党派的なコンセンサスがあります。共和党、民主党ともに、原子力にまつわる広義の安全保障問題、そして日本の脱原発が示す意味を理解しています。ただ、経済問題となると、おそらくそうした超党派の合意はないでしょう。民主党は反原発の傾向があり、一般的に共和党のほうが原子力を推進しています。オバマ大統領は原発建設の再開を支持する姿勢でしたが、天然ガスがこれほど安くなり、原発の経済性という理屈は弱くなってしまいました。オバマ政権が継続すれば、2期目は新たなエネルギー政策を打ち出そうとするでしょう。原発建設再開を推し進めることはないと思います。
谷口 さまざまなメッセージをありがとうございました。日本の政界や経済界からも共感を得ることと思います。
ハムレ ぜひ日本の変化を期待したいです。私は米国内では無党派を貫いていますから、日本についても特定の党を支持することはありません。ただ、リーダーシップが必要だという点では大いに主張したいと思います。日本それ自体にはどこにも悪い所はない。ただ、政治が強くない。そこが変わらなくてならないのです。
(※1) 電話取材は大統領選結果発表前の2011年11月6日(米国時間)。
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