source : 2012.10.18 日経ビジネス (ボタンクリックで引用記事が開閉)
日本は韓国に報復するため、同国と結んだ通貨スワップの80%強を打ち切る。アジア金融に詳しい真田幸光・愛知淑徳大学ビジネス学部学部長と鈴置高史氏が今後の展開を「早読み」した(司会は田中太郎)。
■「日本とのスワップはなくても困らない」
日韓は10月11日の財務相会談で「スワップ枠700億ドルのうち、今年10月末に期限の来る570億ドル相当分を延長しない」ことで合意しました。両国とも「スワップ打ち切りは経済的判断によるもの」と説明しましたが……。
鈴置:関係者でそれを信じる人はいないでしょう。8月中旬に李明博大統領が竹島に上陸したうえ「日王の謝罪」を要求したことに対し日本人が激怒した結果です。政治的な報復以外の何物でもありません。
まず、韓国に対する強硬な世論を受け、安住淳財務相(当時)が「延長するかどうかも含め白紙」と打ち切りの可能性を示唆しました(8月17日)。
すると韓国メディアの多くは「日本のスワップがなくなっても全く困らない」と一斉に書きました。「やるならやってみろ」と言い返したわけです。韓国政府、ことに対日強硬派の多い青瓦台(大統領府)の意向を受けたようです。
その際、多くの韓国メディアが「このスワップは2011年秋に日本が頭を下げて来たから結んでやったのだ」と事実と正反対の情報も流しました。李明博政権は「日本を超えた韓国」を手柄にしています。超えたはずの日本に頭を下げたことは隠したかったと思われます。
韓国のこうした言動を見てのことでしょう、本心ではスワップの維持を望んでいたとされる日本の財務省の幹部も、自民党の部会で「韓国からの要請がなければ延長しない」と語るに至りました。(10月2日)。
■「カネが欲しければ頭を下げろ」
韓国側はこの発言を「『カネが欲しければ、頭を下げろ』との脅し」と受け取り、憤りました。ただ、外貨繰りに自信が持てないので「頭を下げるべきか、下げざるべきか」相当に悩んだ模様です。結局、10月7日までに「国民の批判を避けるためにも日本に頭は下げない」と決めました。
真田:鈴置さんが説明した通り、まさに「売り言葉に買い言葉」でした。昨年10月、韓国の要望に応じ日本が570億ドルのスワップを受け入れた時、韓国側はとても日本に感謝していました。しかし、韓国政府はメディアに「日本が頼んで来たから受けてやった」と書かせた。
安住前財務相も韓国への批判が高まると「スワップ打ち切りによる報復」をいとも簡単に掲げた。これほど露骨にこぶしを振り上げられれば韓国も「そんなものは要らない」と言うしかありません。
韓国は日本とのスワップは不要なのでしょうか。
鈴置:「韓国政府はスワップ延長を要請せず」と朝鮮日報が10月8日付で報じ、他の韓国メディアも後追いしました。その際、「欧州、米国、日本が相次いで金融を緩和した今、韓国には大量の資金が流れ込んでいる。日本とのスワップがなくても通貨危機に陥らない」という経済的判断もあったと韓国政府は各メディアに説明しています。
■残りの日韓スワップも有名無実に
真田:それはあくまで短期的な話です。世界の金融全体が極めて不安定な状況にありますから、日本とのスワップはあった方がいいに決まっています。
ただ、政府がそう言えば日本に足元を見られてしまううえ「やはり韓国は外貨が足りないのか」と市場の動揺も呼びかねない。公式的には「スワップなど要らないよ」と韓国は言い続けるしか手はないのです。
570億ドルのスワップが終了した後も、日韓の間には130億ドルのスワップ枠が残っています。しかし、それも有名無実化する可能性が大です。スワップはいざという時は相手が必ず自分を助けてくれるし、自分も相手を助ける、という信頼関係がベースになります。
日韓間の信頼関係は崩れました。韓国は本当に日本が助けてくれるか疑い、外貨不足に陥っても日本に対しこの130億ドルのスワップを発動してくれと言いにくくなりました。
日本はいざとなれば、スワップの契約上の瑕疵を見つけて、韓国の要請を断ってもいいからです。契約当事者である日韓双方の信頼関係が薄れれば、そうした事態は起こり得ます。もし、韓国が厳しい状況にある時に日本がドルの供給を拒否したら、市場は「韓国売り」を加速するでしょう。
1997年のアジア通貨危機で国際通貨基金(IMF)は「未然の対応」という意味ではあまり頼りにならなかった。また、誤った処方箋でアジア各国の経済を悪化させたと私は感じています。そこでアジアの主要国はアジア域内にスワップの仕組みを作って助け合おう、と合意しました。チェンマイ・イニシアティブ(CMI)です。
■次期政権でスワップは復活するか
当時は日本がアジアで圧倒的な力を持っていました。しかし、その後、日本が力を落とす半面、中国が強くなり韓国も回復してきた。ようやくアジアが水平的な助け合いの仕組みに向け動き出す、という段階まで来ました。
ただ、今回の日韓対立でそれは怪しくなりました。米国や欧州は「日韓ともに、いったい何をやっているのかな」と冷ややかに見ています。
来年初めに韓国の政権は交代します。それを期に「570億ドルのスワップ復活」となりませんか?
鈴置:簡単ではないと思います。次の大統領がだれであろうと、従軍慰安婦や竹島問題で今と変わらぬ、あるいは今以上の対日強硬姿勢をとる可能性が大きいからです。韓国はいずれの問題でも「自分の後ろには中国が付いている」と自信を深めています。
一方、日本側。近いうちに自民党が政権を担うことになるでしょうが、同党には「スワップは韓国のウォン安・円高政策を助けた。これにより日本企業が苦境に陥った。民主党の大失態だった」との認識を持つ議員が数多くいます。
日韓双方の政権交代により、スワップ復活はますます難しくなると思います(「日韓スワップ打ち切りで韓国に報復できるか」参照)。
政府や民主党は「スワップがないとウォン安になる」と、全く正反対の説明をしています。
■「スワップでウォン安を阻止」は本当か?
鈴置:日韓スワップがウォン安を阻止するのか、逆にウォン安を誘導するのかは局面によります。現在は後者だと思います。2008年初めに登場した李明博政権は、輸出ドライブをかけるため為替政策を180度修正し、ウォン安政策に切り替えました。
韓国のようなドル不足の国が低通貨政策を実施すると、通貨急落の引き金になるとの懸念からホットマネーが一気に逃げ出すことがあります。ことに外部環境の悪化と重なると、政府の思惑と管理能力を超えて市場が暴走し、為替が棒下げに下げます。2008年秋のリーマンショックの際の韓国外為市場がまさにそういう状態でした。
この時、韓国は米国、日本、中国とスワップを結ぶことで市場の信頼を取り戻し、デフォルトの危機を脱しました。その後も、このスワップを後ろ盾に低通貨政策を続けることができたのです。実際、現在の韓国ウォンは2008年の暴落前と比べウォン安・ドル高の水準にあります。
もちろん、危機を脱するプロセスではウォンの価値が回復しました。その局面だけ見ると「スワップは日本にも資した」と言いたくなります。ただ当時の、デフォルト寸前の危機的な状況下では輸出保険が機能しなくなり、激しいウォン安にもかかわらず韓国は輸出を伸ばせませんでした。
通貨の暴落がさらに深刻だった1997年末から1998年前半にかけては輸出保険どころか金融システム全体がマヒし、輸出を担う企業がどんどん倒産していったのです。1998年の輸出は前年に比べ減っています。
韓国の過去3回の通貨危機を詳細に調べると「日韓の通貨スワップはウォン安・円高を食い止め、日本企業を助ける」という説は、必ずしも正しくないことが分かります。
■日本が貸さなければ中国が貸す
真田先生はスワップを維持すべきだとのご意見のようですね。
真田:理由は2つあります。まず、すでに述べたように日本へのはね返りが多いことです。1997年以降、営々と作って来たアジアの金融協力の枠組みを自ら毀損しかねないのです。
もうひとつは、打ち切りの効果が薄いことです。日本が韓国にドルを貸さなくても、豊かな外貨準備を誇りアジアでの影響力拡大に全力をあげる中国が代わりに貸すのは確実です。
鈴置:でも、韓国に対し制裁しないのは下策です。韓国は李明博大統領が「日本に昔の力はない」と公言、竹島や天皇に関し日本叩きに乗り出したのです。
ここで制裁しておかなければ、韓国は「やはり昔の力はない」と確信し、さらなる日本侮辱に出るのは間違いありません。そもそも、韓国は外交政策を「従中卑日」に転じているのです(「『尖閣で中国完勝』と読んだ韓国の誤算」参照)。
韓国の日本侮蔑は中国やロシアに再び拡散するでしょう。2010年9月に「尖閣諸島漁船衝突事件」で中国が少し強気に出たら、菅直人内閣は即、白旗を掲げました。アジア各国はこれを見て「中国の台頭・日本の凋落」を実感しました。
■日本叩きのドミノが2周目に
2010年11月、ロシアのメドベージェフ大統領が国家元首として初めて日本の北方領土である国後島を訪問しました。「漁船衝突事件」での日本の弱腰を見切ったからと言われています。
今年8月の李明博大統領の竹島上陸と、それに続く「日王への謝罪要求」は「ロ首相の北方領土への訪問」が引き金です。日本人が韓国に対し制裁を検討すると、多くの韓国人が「ロシアに殴られても下を向いていたのに、韓国に対しては殴り返すのか」と不満を表明しました。
日本叩きはドミノ倒し状態になっています。ですから、ここで韓国に対して“きちんと”制裁しないと、ドミノが2周目に入ってしまいます。
真田:私は必ずしも「韓国に対して弱腰であっていい」と言っているわけではありません。「スワップは効果が薄い」と言っているのです。一番効果があるのが「貿易」です。例えば、日本の部品・素材メーカーが韓国企業に対する輸出をストップすれば、韓国の生産が止まるうえ、韓国の輸出も急減します。
鈴置:韓国最大の弱点である「恒常的なドル不足」を突く、という意味でも「スワップ」より「貿易」カードの方が効果的ということですね。スワップを打ち切っても、市場の地合いが悪い時でないと韓国を直ちに通貨危機には陥りませんから。
でも安易に「貿易カード」を使えば、2010年の尖閣での漁船衝突事件の際にレアアース(希土類)の対日輸出を止めて世界貿易機関(WTO)に訴えられた中国と同じになってしまいます。
■制裁には明確な目的がいる
真田:あんなに露骨にやる必要はないのです。韓国にとって「来ることは来るのだが、なぜか、日本からのキーパーツの輸入に時間がやけにかかるようになった」という状況を作ればいいのです。部品の輸入が遅れるだけで韓国企業の生産は打撃を受けます。一方で日本がWTOで訴えられる可能性はまずありません。
輸入も同様です。今、中国が日本製品の通関を遅らせるなど、いろいろと嫌がらせをしています。でも、WTO違反だという声は出ていません。日本も徹底的に韓国と戦うと言うのであれば、同じことを韓国製品にすればいいのです。
私は強硬派ではありませんが、対韓制裁を前面に出すのであれば覚悟をして、目的を持って日本政府は行動すべきであると考えています。
鈴置:「強硬派」かどうかはともかく「制裁するのならきっちりする」という考え方が大事と思います。日本の政治家や役人と話していて奇妙なことがあります。「スワップを打ち切る目的」をちゃんと説明してくれる人がほとんどいないのです。
普通の国民は「世界で日本の悪口を言って回る国からカネをはがせ」と報復感情を抱いています。これはこれで自然なことです。でも、国家が制裁する時には「スワップを打ち切ることでどんな結果が得られるのか」冷静な計算が必要です。
ところが、誰に聞いても計算というものがない。国民の感情に追従して「何となく、し返している」だけに見えます。もし、スワップ打ち切り後に韓国が外貨不足に悩まなかったら、韓国は「やはり日本は不要だった。日本に昔の力はない」と再び世界に向かって叫ぶでしょう。
すると、さらなる報復を望む日本人も出るに違いない。政府はどうするつもりでしょうか。それに備えた次なる手を考えているのでしょうか。
■逆に韓国債を買い占める手もある
安住前財務相は「韓国の国債を買わない」とも宣言しました。「あの子は嫌い。だからあの子と一緒に学校に行かない」と言っている小学生と似ています。
本当に韓国に言うことを聞かせようと思ったら、逆に韓国の国債を大量に買う手だってあるのです。それによってウォン高に誘導する。さらに「これを投げ売りしたら通貨危機を起こせるぞ」と常に韓国を威嚇する態勢をとるわけです。
真田:まさに、そこなのです。鈴置さんがこの「早読み 深読み 朝鮮半島」でしばしば指摘するように、韓国は米国や日本から離れ中国に向かっている。
そういう状況下での対韓制裁なのですから、例えば「中国側にさらに寄れば、もっと困らせるぞ」というメッセージを込めるとか、はっきりとした目的があるべきと思うのです。目的なしでこぶしを振り上げているのが今の日本ではないでしょうか。
日韓、スワップの切れ目が縁の切れ目 激動のアジアを「金融」から読み解く
source : 2012.10.19 日経ビジネス (ボタンクリックで引用記事が開閉)
通貨スワップの切れ目が日韓の縁の切れ目――。前回に引き続き、真田幸光・愛知淑徳大学ビジネス学部学部長と鈴置高史氏が「自国通貨の安定も、日米ではなく中国に頼り始めた韓国」を深読みした(司会は田中太郎)。
■現金化しにくい債券に化けた外貨準備
日本と韓国の間のスワップ総枠700億ドルのうち、80%強を占める570億ドル分が10月末で打ち切られることが決まりました。しかし、韓国の為替市場も株式市場も動揺していません。
鈴置:韓国メディアは2つ理由をあげています。まず、外貨準備が3100億ドルまで増えたうえ、一部の格付けが日本よりも上になるなど韓国経済の健全性が増していること。次に世界的な金融緩和で韓国に外貨資金が流れ込んでいることです。
まず、前者ですが、相当に怪しい理屈です。外貨準備が多いと言っても、その相当部分が高金利だけどすぐには現金化しにくい債券に化けているからです(「日韓スワップ打ち切りで韓国に報復できるか」参照)。
■格付けが高くてもデフォルトは起きる
後者の資金流入に関しても楽観材料とは言いにくい。ホットマネーが大量に入りこんでいるに過ぎないのです。何かの拍子にこれが一気に流出すれば打撃はより大きくなる。「山高ければ谷深し」です。
真田:韓国の場合、ある民間金融機関が他の金融機関から借りたオーバーナイトのカネ、つまり超短期のドル資金の返済が滞る危険性が依然、疑われています。
そして、格付けとは国債のデフォルト・リスクのことであることに注意下さい。韓国の国債の格付けがいくら良くなっても、民間のデフォルト・リスクが下がる――つまり国全体のリスクが減る――わけではないのです。
サムスン電子や現代自動車が世界で快進撃し、貿易収支も今のところ黒字です。日本よりも強い、というイメージがあります。
鈴置:イメージはイメージに過ぎません。韓国はまだ、資本輸入国――つまり、政府や企業が外から外貨を借りて経済を回している国です。世界的に金融が収縮し、ドルの貸しはがしが起きれば、真っ先にその対象になります。
真田:企業で例えれば、売上高は伸ばしているものの資金繰りが苦しく、いつ手形が落とせなくなるか分からない――黒字倒産の可能性が高い会社、ということです。
■危機時に円建て債を発行したPOSCO
実際、その懸念から1997年も2008年も、2011年にも貸しはがされたわけです。ことに韓国は超短期ドル資金の多くを欧州系金融機関に頼っていました。現在のように、欧州で金融収縮が起きれば、その影響をもろに受けます。
韓国の金融機関がいかにドル資金不足に直面しているか、という証拠があります。韓国企業は世界でプロジェクトを積極的に立ち上げている。韓国の金融機関にとって逃せない商機なのに、十分なドル資金を供給できない。そこで日本の金融機関に協調融資を依頼するケースが増えています。
鈴置:韓国で通貨危機が起きかけた昨年秋も、POSCOが日本で円建て債券を急きょ発行していました。外貨に関して韓国の金融機関には頼れなかった、ということと思います。
韓国の金融システムは韓国紙が主張するほどに盤石ではない、ということですね。では、もう一度聞きます。日本がスワップ打ち切りを発表したというのに、なぜ、韓国市場が揺れなかったのでしょうか。
真田:それは中国です。「韓国が困れば中国が助ける」と市場が見なし始めたからです。「日本からの570億ドル」が怪しくなった瞬間、韓国は中国に急接近しました。
■ウォンの安定も中国頼みに、スワップ恒久化求めた韓国
鈴置:朴宰完・企画財政相は、中国と2011年10月に結んだ3600億人民元・64兆ウォンのスワップを発動して貿易決済に使おうではないか、と中国の金融当局に申し込んだのです。9月のことでした(「漁夫の利か『とばっちり』か――『尖閣』で身構える韓国」参照)。
ちなみに「日韓スワップ」は主にドルと韓国ウォンを交換しますが「中韓」は主に人民元と韓国ウォンの交換です。
韓国が中国製品の輸入代金を支払う際、ウォンを担保に中国政府から借りた人民元を充てれば、貴重な米ドルを使わなくていい。韓国の対中輸出額は全体の25%を占めていますから、これを完全に実施すれば韓国の米ドル=外貨繰りは相当に楽になります。
ただ、技術的に難しい点も多いので、すぐに実現できる話ではありません。日韓が神経戦を繰り広げる最中にリークされたところから「もし、日本がスワップを打ち切ったら中国に助けてもらうから問題ない。韓国が中国ともっと仲良くなれば日本は困るのではないのかな?」と日本を牽制する意図があったと思います。
真田:それより重要で実現性も高いのが、その後に朴宰完・企画財政相が中国に訴え始めた「中韓スワップの恒久化」です。現在の約束では中韓スワップは2014年10月に終了します。もし、恒久化できれば、韓国は外貨準備を3600億人民元(約576億ドル)分、未来永劫にかさ上げできます。
■外貨の見返りは「ありとあらゆる情報」
私は、韓国が恒久化を求めるのは日本への牽制というよりも、本気で実現したいのだろうと思います。繰り返し指摘して来たように、韓国の外貨繰りは決して楽ではないからです。ただ、韓国にとって中国に牛耳られるリスクが一気に増します。
金融の世界では「おカネを貸す人」の力は絶大です。契約締結の過程で、どんな情報でも持ってくるよう「借りる人」に要求できるのです。
ドル不足に悩んだEUが中国におカネを貸してくれ、と頼んだ時、中国の温家宝首相が満面の笑みを持って受け入れたのを思いだして下さい。
中国は韓国に対し、こうした一種の縛りを掛けてくると思われます。もちろん、韓国から得た情報は韓国をコントロールする強い力の源泉になります。
日本は紳士的というか気が小さいですから、貸し手になってもさほどあこぎな要求はしません。しかし、中国――と言うか普通の国はカネを貸した国の奥深くに手を突っ込むものです。米国だって1997年の通貨危機をきっかけに韓国の資本市場に対する影響力を一気に強めたではありませんか。
鈴置:韓国は日本とのスワップが事実上なくなり、金融的なバックアップは中国に頼る時代を迎えます。メーンバンクだった銀行とケンカしてしまい、おっかない闇金融に資金繰りを頼みに行く中小企業を思いだします。
鈴置さんが2010年に書いたシミュレーション小説『朝鮮半島201Z年』では、米国、日本からスワップを結んで貰えず、デフォルトを起こしそうになった韓国を中国が助けます。ただ、中国もスワップを通じて外貨を貸すのではなく、急落した韓国の株式を買い占めることで外貨を供給します。韓国が困った瞬間を逃さず、中国は徹底的に弱みに付け込み、経済的な植民地にしていく……というシナリオでした。
■中国が外貨準備の30%を使えば……
鈴置:「スワップ」ではなく、もっと強い支配力を持てる「買い占め」による救済、というアイデアは2008年の韓国危機の際に中国人のエコノミストと話していて気がついたのです。それを米国人のアジア金融専門家に話したら「十分に起こりうるし、起きたら困るシナリオだね」と苦い顔で答えたのが印象的でした。
もし、韓国総合株価指数(KOSPI)が1000前後に低迷し、ウォンが急落して1ドル=2000ウォンになれば、中国は外貨準備の3%で韓国の時価総額の30%を買ってしまえます。
真田:実際、2008年以降、中国は韓国の国債を大量に買い始めています。韓国も痛しかゆしです。国債を買ってくれるのはありがたいけれど、中国が大量に保有すれば、韓国に債権者として口を出してくることは間違いないからです。
鈴置:では、米国は、韓国を巡る日中間の「通貨戦争」をどう見ているのでしょうか。1997年の通貨危機の際、日本は韓国からドルを貸してくれと頼みましたが米国から「貸すな」と言われ、断りました。韓国と極度に関係が悪化していた米国は、韓国を国際通貨基金(IMF)傘下で改造しようと考えたから、と言われています。
2008年の通貨危機では韓国は米国に助けられました。今度は関係がよかったからです。ただ、米国がスワップを発動してドルを供給してもウォン売りはなかなかおさまらず、韓国が日本、中国ともスワップを結んでようやく止まりました。
■韓国をかまう余裕のなくなった?米国
2011年の危機でも米国は韓国からスワップを頼まれたようですが、断ったと言われています。ただ、その代わりに日本に口をきいて、韓国とのスワップ増額に踏み切らせたと見る人もいます。これが今回、打ち切られた日韓間の570億ドル分です。
では、そのスワップを10月末に日本が打ち切ることに米国は反対しなかったのでしょうか。中国が韓国への影響力を増す契機にするのは間違いないというのに。
真田:「日王への謝罪要求」など韓国の日本への非礼に関しては、米国も相当に驚き、韓国を叱ったと言われます。日本の面子を考えれば、日本に「韓国とのスワップは続けろ」とは言えなかったのでしょう。
日本に突き放され、中国に引き寄せられる韓国。その韓国を中国がどう料理するか――。米国は中国の出方を確かめているのかもしれません。あるいは韓国のことを考える余裕など、もう、なくしているのかもしれません。金融だけとっても自国や欧州の問題で手いっぱいだからです。
米国の影響力が絶大であったとされるIMFでさえも「ドルへの反乱」が起きかけました。「国際基軸通貨をドルから特別引出権(SDR)に変えよう」と画策する専務理事が登場したのです。ニューヨークで奇妙な事件が起きて突然辞めることになりましたが……。いずれにせよ、韓国や朝鮮半島は米国にとって、当面は「どちらでもいい問題」に格下げされつつあるのかもしれません。
■韓国の「新思考外交」、軍事に続き金融でも
鈴置:確かに、過去3回の韓国の通貨危機を見ると、金融面で米国の力が落ちて韓国への関与も薄れる半面、中国の力が急速に増してきたのがよく分かります。
「沈む太陽の米国、登り龍の中国」を見つめる韓国の心情は複雑です。中国に飲み込まれることを恐れながらも、中国に接近せざるを得ない。
韓国が「中国とのスワップ頼み」という恐ろしい身の上に陥ってしまったのは、李明博大統領の竹島上陸と「日王への謝罪要求」が原因でした。大統領がそうしたパフォーマンスに踏み切ったのは、退任後の逮捕を防ぐためと見る人もいます。「個人的な利益のために国益を大きく毀損した」といった批判は出ないのでしょうか。
鈴置:若干ではありますが大統領への批判はあります。ただ、日本人が想像するほどではありません。理由は2つです。まず、そういう文脈で大統領を批判すれば、日本を応援したと受け止められかねないからです。反日が国是の韓国で、それはまずいのです。
もうひとつは韓国が、米国から離れ中国に従う「離米従中」外交にすでに転じていたからです(「中国ににじり寄る韓国」参照)。その一足先に対日政策も「従中卑日」――中国の後ろについて日本を叩く――に転換していました(「『尖閣で中国完勝』と読んだ韓国の誤算」参照)。
米国から「日本と軍事協定を結べ」と要請されても「日本は謝罪と反省が足りないから」と断る。さらには中国に対し、日本と断った軍事協定を結ぼうと持ちかける(「“体育館の裏”で軍事協定を提案した韓国」参照)――これが2012年に顕在化した韓国の「新思考外交」です。
確かに、李明博大統領のパフォーマンスは個人的な動機に突き動かされたものだったと思われます。それだけ考えると、今回の日韓摩擦は偶発的に起きた事件に見えます。でも、背景にはこうした韓国の外交戦略の大転換があるのです。
すでに韓国が安全保障面で「日本ではなく中国と組む戦略」を鮮明にした以上、金融面で「日本よりも中国を頼む戦略」に転じても別段問題にはなりません。韓国人とって必ずしもうれしいことではないけれど、自然なことなのでしょう。
いずれにせよ、通貨スワップ打ち切りは、経済にとどまらず外交、安全保障面の“日韓の縁の切れ目”になっていくことでしょう。
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