source : 2010.06.24 櫻井よしこ オフィシャルサイト
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「中国の最高意思決定機関、中国共産党常務委員会は今年2月26日に国防動員法を決定し、即日、法律全文を世界に発表、7月1日から施行します。全14章72条の堂々たる法律は戦いに備えたものです」
こう語るのはビジネス・ブレークスルー大学教授の田代秀敏氏だ。氏の指摘する中国の国防動員法を読んでみると、一朝有事の際に軍事的に如何に国を守るかとともに、金融・経済面の国防を如何に成し遂げるかに重点が置かれている。その点に注目する氏は、国防動員法は「次の金融危機を、中国にとって、世界に打って出る好機とするため」の非常措置を定めたものだと分析する。
同法を中国が検討、準備し始めたのは98年12月だったという。彼らは明らかに、97年7月のアジア通貨危機に触発されたと、田代氏は見る。
たしかに軍事力は国際政治に決定的な影響を及ぼす。だが、旧ソ連が経済崩壊で滅びたように、金融・経済も国家の盛衰を左右する。国際社会はギリシャに端を発する世界金融危機を体験したばかりだ。ギリシャ問題を日本こそが他山の石としなければならないのだが、民主党は前代未聞の赤字予算を組んだ。対照的に中国は、以下に紹介する国防動員法を約12年かけて検討し成立させた。
内容から彼らが日本の失敗に学び、日本を反面教師としてきたことが分かる。金融、経済、産業政策を強力な中央集権体制で統制し、強力な金融力と経済力を築き、それを21年間で軍事費を22倍に引き上げた異常な軍拡と軌を一にして押し進め、中国の支配圏を拡大するというものだ。
「国防動員法の重要項目を、新華社が報じました。筆頭に掲げられたのが戦略物資の備蓄徴用制度です。戦略物資とは、レアメタルを筆頭とするあらゆる資源と考えてよいでしょう」と田代氏は語る。
「領導」、つまり命令
リチウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、タングステンなど希少金属は全体で31種類、種々の産業の成否を分かつ重要戦略物資である。田代氏の指摘から連想したのがナチスドイツと中国(国民党)の思いがけない結びつきだった。1940年9月に日本は日独伊三国同盟を結んだが、その前からドイツは日本を敵として戦っていた中国に軍事顧問団を派遣し、武器、装備を供給していた。その関係は、三国同盟でドイツが日本の同盟国となった後の1941年7月まで続いていたのだ。
日本の同盟国となったはずのドイツが背後で、日本と戦う中国に武器装備を売却し続けていたという衝撃の事態が発生したのは、希少金属のタングステンゆえだった。中国は世界のタングステンの約90%を産出するが、ドイツは全く産出しない。タングステンは鉄の硬度を顕著に高めるため、武器や工作機械の生産に欠かせず、同盟国を裏切ってまで、ドイツはこれを手に入れたかったのだ。国際戦略を希少金属が左右した顕著な事例である。
平時においても希少金属の重要性ははかり知れない。現代人に欠かせない携帯電話、パソコン、テレビなども希少金属なしには成り立たない。中国は国防動員法で、こうした希少金属をはじめとする戦略物資を、有事の際には一手に握って支配する法的基盤を整えたのだ。
第二の重要点は、国防動員法が18歳以上の中国に住む男女に加えて、外国に居住する中国人、中国で活動する外国企業及びその従業員にも適用されるとされたことだ。その意味を、田代氏は次のように解説する。
「有事の際、日本在住の中国人は皆、中国政府の指示に従って動かなければならないということです。また外国企業は中国政府の要請に応じなければならないでしょう。拒否すれば、その後の中国での活動を続けるのは困難になると思われるからです」
資産や技術を有する日本を含む外国企業は、一朝有事の際、それらの提供を迫られる可能性があるということだ。この恐るべき国防動員法実施に当たっては、国務院と中央軍事委員会が共同で「領導」する。領導は上下関係を前提とした指導である。つまり、命令ということだ。
第三の重要点は、国防動員法が実施される場合、国務院と人民解放軍は直ちに特別措置を取ることが出来ると定められており、特別措置の対象の筆頭に金融があげられていることである。田代氏のコメントだ。
「筆頭に金融を置いたことに、注目せざるを得ません。金融の重要性を彼らは十二分に意識しており、有事の際には日本の金融機関も米国の金融機関も、中国がおさえることが出来るようにしたということです」
経済の血液である金融をコントロールする権限を国防動員法で定め、堂々と発表した狙いは、全金融機関はそのことを承知で中国で事業を続けるのであるから、有事の際は中国の法律に従い、中国政府の金融統制を受け入れるべきとの主張の表明だと、田代氏は分析する。
「東アジアを人民元通貨圏に」
金融分野で中国が目指すもうひとつの目標は人民元の国際化である。実体経済は変わらないのに、金融によって利益や損失が大きく左右される。最大の要因が為替レートである。80年代以降日本は大きな貿易黒字を貯め込み、反対に米国は大きな貿易赤字を背負った。これを不満とした米国は85年9月、ドル高政策からドル安政策に転換した。円安から円高への転換である。右のプラザ合意は当時約240円だった円の対ドルレートを、その後79円にまで押し上げ、日本経済にはかり知れない打撃を与えた。米国は円高ドル安のおかげで、6年後の91年には貿易収支を黒字に転換出来た。
中国は基軸通貨ではない円の悲劇から学び、為替レートに起因する不利を回避するために、或いは米国と競合するために、金融の運営を他国の意思に委ねることを断固、拒否しているのだ。田代氏が語る。
「中国の金融メディアは昨年来、人民元の国際化を工程表とともに一斉に報じました。起点を09年とすれば、11年末までに周辺諸国で人民元を自由に両替出来る通貨とする、5年後の16年には周辺諸国との貿易を人民元で決済する、21年には東アジア全体で人民元を投資決済通貨とする、つまり、東アジアを人民元通貨圏にする。さらに25年に人民元を国際準備通貨とすることが工程表には書かれています」
貿易をドルを経由せずに人民元で決済する試みは中国とインドネシア、シンガポール、タイ、ブラジルなどとの間ですでに、一部、実施中だ。
こんな凄まじい法律が中国で作られ、事態が動いているにも拘らず、日本はそのことに殆ど留意していない。支持率が高いうちにと、参議院選挙を急ぐだけでは日本は持たないことを、菅直人首相は知っているだろうか。真に日本の立て直しを志すなら、せめて中国の意図を正確に把握する努力をしてみせよ。
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