2016/02/12

「難民キャンプ支援」に90億ユーロ拠出!? ただしEUはもう、大量の難民を受け入れる気はない / 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」

 source : 2016.02.12 現代ビジネス (クリックで引用記事開閉)

■シリア難民の悲惨な現状




2月4日、ロンドンで70以上の国と地域の代表が集い、「シリア人道支援会合」が開かれた。

これまではクウェートでの開催だったが、今回は初めてヨーロッパで。難民問題が中東だけの問題ではなくなった証拠だ。EUが初めて本気になったとも言える。会合の目的は、トルコ、レバノン、ヨルダンなどの難民キャンプに対する経済援助のお金集めだ。

現在、シリア難民というと、EUに入っている難民が話題になっているが、難民の皆がEUに来られるわけではない。EUに到達しているのは、実は恵まれた難民である。

EUの規則(ダブリン協定)では、難民申請はEU圏内でしかできないと定められているため、まず、何がなんでもEUに入る必要がある。中東の難民が、今の混乱した状況でEUに入ろうとすれば、犯罪組織に大金を払って、幇助してもらうしかない。道中は過酷なので、体力も要る。つまり、今、EUにいる中東難民は(バルカン半島の経済難民は別)、ほぼ全員がお金と体力のある人たちということになる。

では、お金と体力のどちらかが無い者、あるいは、両方無い者ががどうしているかというと、戦闘や虐殺を逃れ、せいぜい隣国まで逃げるのがやっとだ。だから、ヨルダン、レバノン、トルコなどに大規模な難民キャンプができている。子連れは遠くまで逃げにくいので、キャンプには必然的に子供の割合も多い。つまりここでは、本当の意味の難民が、すでに何年も暮らしているのである。

その難民キャンプの状況が、大変悲惨なことになっている。トルコがすでに250万の難民を抱えているのを始め、レバノン、ヨルダンでも、それぞれ150万人、100万に達したという。レバノンは人口400万人、ヨルダンは650万の国なのだから、どちらも限界はとっくに超えている。

資金援助は主に国連が行っていたが、お金は足りず、2015年はすでに難民キャンプでの食料が大幅に切り詰められた。他の物にいたっては言わずもがなだ。学校や幼稚園もほとんどない。難民キャンプには、教育を受けられない子供達が何百万人もいるのである。

■手のひらを返したメルケル首相




EUでは、今のところ、すべての難民政策が失敗している。

メルケル首相は、昨年夏、「Wir schaffen das!(我々にはできる!)」と言って、ハンガリーに溜まってしまっていた難民を引き受け、どんなにその数が増えようとも、「政治難民の受け入れに数の制限は設けない」とした。

「50万人と決めたら、50万と1人目の人の入国を拒否するのか?」とか、「困っている人々に優しくするために言い訳をしなければならない? そんな国は私の国ではない」は、メルケル語録の一部だ。

しかし、当初この「難民ようこそ」政策を支持していた国民が、そのあまりの数に恐れをなすまでにそれほどの時間はかからなかった。

このままでは収拾がつかなくなると危惧したEU各国も、ドイツ方式に背を向けた。ドイツは、ギリシャとイタリアに溜まってしまっている難民だけでもEU国が手分けして引き受けようとアピールしたが、実際についてくる国はなかった。

そうこうするうちに、2015年だけで、ドイツでの難民申請数は110万件に達し、ドイツ国内でのメルケル首相の人気が劇的に落ちた。

追い詰められたメルケル首相だが、それでも前言を翻さなかった。もちろん、EUのリーダーであり続けようという気概を捨てることもなく、難民問題はEUレベルで解決しようと、今もEUの首脳たちを叱咤激励し続けている。

ただ、「我々にはできる!」というスローガンは、いつのまにか「EU国境の防衛」に取って変わった。何のことはない、夏にハンガリーが実行して、非人道的と叩かれた政策である(一番大きな声で非難したのはドイツだった)。

今、よりによってこれを難民問題の正しく効果的な解決策として据えるのなら、メルケル首相は、まずはオルバン首相に謝るべきではないか。

■もう誰も、難民を引き受けるつもりはない

いずれにしても、EUの外務理事会は、現在、ギリシャに対する圧力を強めている。ギリシャがちゃんとEU国境を防衛しないから、トルコから難民がゾロゾロと海を渡ってくるというわけだ(トルコは、中東難民のハブ地点)。

オーストリアのクルツ外相は、「ギリシャがこれ以上、国境防衛をおろそかにするなら、マケドニア、スロベニアと折衝する。彼らがやらなければ、わが国だけでもやる」と言い切った。オーストリア、マケドニア、スロベニアが国境を防衛すれば、トルコから渡ってきた難民は行き場を失い、必然的にギリシャに溜まる。

とはいえ、ギリシャは何百もある島をどうすれば見張れるのか? 国境を防衛するというのは、トルコからのボートを追い返すということだろうか? そんなことをしたら、ますます多くの難民が溺れ死ぬ。そもそも、難民申請はEU圏でしかできないという決まりがあるからこそ、こういう状況になっているのだ!

ちなみに、ギリシャの金融危機は、現在、報道されなくなっただけで、一切解決していない。なのに、弱ったギリシャの喉元に、EUはふたたびナイフを突きつけている。ギリシャがあてにならないので、NATO軍がエーゲ海を警備するという案まで出始めた。

一方、やはり難民問題の解決策として、ドイツはトルコとの連携も強める方針だ。早い話が、トルコにいる難民がEUに出ないよう保護してもらおうということ。条件は、EUからトルコへの30億ユーロの資金援助だ。

しかし、30億ユーロは3ヵ月以上たった今も1ユーロたりとも支払われていないという。だから、もちろん約束は機能せず、粗末なゴムボートに乗り込んだ難民は、毎日トルコの海岸のどこかからギリシャのどこかの島に到達する。あるいは到達できずに冷たい海に沈んでいる。

シリア人道支援会合の裏には、こういう事情がすべて蠢いている。もう誰も、難民を大量に引き受けるつもりはない。だからこそお金を集め、難民が溜まってしまっている国々に経済援助をする。会合の目的は、難民がEUに来ないようにすること。盛んに言われた「人道」はすっかりどこかに飛んでしまった。

参加国はもちろんこの趣旨に賛同し、各国が提示した援助額の合計は90億ユーロにも達した。それを、バンキムン国連総長をはじめ、メルケル首相や他の首脳たちが「大成功!」と称賛。ただし、前回の同会合では、提示額をちゃんと振り込んだ国は少なく、よって、今回も本当に90億ユーロが集まるとは誰も信じていないという。

■日本政府はもっとアピールした方がいい

それはそうと、日本は何をしているのかと思い、外務省のホームページを見たら、武藤外務副大臣が臨席し、本年度分として3.5億ドルの支援を表明したと書いてあった。それどころか、日本はこれまでも総額約12億ドル以上のシリアおよび周辺国に対する人道支援を実行しているという。

だったら、なぜ、それが報道されないのか? 私がオンラインで調べた限りでは、主要紙で報道があったのは日経新聞だけだ(産經新聞は取り上げてはいたものの、会合でスピーチをした「シリアのマララ」と呼ばれる少女の「難民キャンプに学校を!」というアピールを人道物語として扱っていた)。

だからたいていの日本人は、そんな会合があったことさえ知らない。これだけの税金が使われているのに、国民が知らないのはおかしくないか?

日本政府は、日本の国際協力の実態を国内外にもっとアピールしてほしい。政治難民をほとんど受け入れていないことを後ろめたく感じている日本人も、日本の税金が少しでもシリア難民の助けになっているかもしれないと思えば、ちょっとホッとするだろう。

さて、ここ数日、あらたな問題が勃発。ロシアの空爆の影響もあり、シリア北西部で大量に難民が発生し、すでに何万人もがトルコ国境で立ち往生している。EUはトルコに即刻国境を開けと要求しているが、トルコはエンドレスになることを恐れ、そう簡単には応じない。

目下のところ、NGOをシリア側に入れて、テントや食料で支援しているらしいが、インフラも何もないところだ。状況は刻々と悪化し、伝染病も蔓延し始めたという(10日の報道)。かといって、EUももちろん受け入れるつもりはない。

中東情勢はますます不穏。そして難民問題は、巨大なババ抜きのようになっている。


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