2015/12/04

【テロは防げるか】「通信傍受」「インテリジェンス」「共謀罪」 【衝撃】26年度に技能実習で来日した外国人の行方不明者が3139人

 source : 2015.12.03 産経ニュース (クリックで引用記事開閉)

通信傍受が阻止したパリ「第2波攻撃」 日本はタブー視


来年5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)や2020年東京五輪など国際的イベントを控え、テロに対する備えは大丈夫なのか。日本が抱える課題を検証する。

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パリ北郊のサンドニは、特徴あるゴシック建築の回廊が取り入れられたサンドニ大聖堂で知られる。シンボルであるその大聖堂に近いアパートに、1人の女が吸い込まれていった。その瞬間まで仏公安当局が監視を続けてきた女の名は、アスナ・アイトブラセン。パリ同時多発テロの首謀者、アブデルハミド・アバウドのいとこである。

アバウドをテロの首謀者とみていた仏公安当局はテロ発生3日後以降の数日間、アスナの動向を厳重に監視していた。

現地時間の11月18日午前4時過ぎ、仏警察は特殊部隊約70人でアジトを急襲。手榴(しゆりゆう)弾などで抵抗するテロリストに約90分間にわたって約5000発の弾丸を見舞い、制圧した。検察によるとアバウドらイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」は、パリ西郊の仏経済の心臓部「デファンス地区」で新たなテロを計画していた。

「500人近い死傷者を出した大失策の後ではあったが、仏当局がテロ発生6日目にして首謀者の所在を突き止め、第2波攻撃を阻止したことは相当な成果といえる」。日本の警察庁幹部がこう指摘した捜査の素早い巻き返しを可能にしたものは何か。

欧米メディアによると、テロ発生から3日後の16日には、捜査当局は外国情報当局から「アスナの電話を傍受すべきだ」との助言を受け、傍受を続けた。

これとは別に、80人以上の観客らが犠牲となったバタクラン劇場近くのごみ箱から、事件発生間もなく1台の携帯電話が発見されていた。

電話機の残存メッセージなどから当局は犯行グループの遺留品と断定し、その通話先となった電話番号をすべて割り出して「関係架電先」としてリスト化。架電先電話機の発着信の全通話を傍受して内容を分析する作業を繰り返していた。

外国からの提供情報と遺留品の携帯電話-。仏警察当局はこうした情報の“断片”を傍受という手段で“線”につなぎ、武装テロリストが潜むアジトを特定して第2波攻撃を阻止したのだ。

「裁判所の令状を要せず、迅速な通信傍受ができたからこそ可能だった」。日本の元警察高官はそう断言した。

パリ同時多発テロの首謀者、アブデルハミド・アバウドが属したイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」のように、国際テロ組織は国境を越えて拡散し資金力や強力な兵器を備え、高い作戦実行能力を持った準軍事組織だ。欧米ではテロ防止や組織壊滅のため、情報収集にありとあらゆる手段を投入。通信傍受はその中核に位置づけられる。

パキスタンで2011年5月、米軍特殊部隊が殺害した米中枢同時テロの首謀者で国際テロ組織アルカーイダの指導者、ウサマ・ビンラーディンの追跡劇はその実例だ。

国際テロ組織の動向に詳しいジャーナリスト、黒井文太郎によると、当時、CIA(中央情報局)はNSA(国家安全保障局)に要請してパキスタンでアルカーイダ関係者の通信を傍受。ビンラーディンの秘密連絡員の活動領域を絞り込み、無人偵察機や通信傍受装置を積んだ秘匿車両を投入してアジトを特定した。

通信傍受は、既遂の犯罪捜査の一環として裁判所の令状を受ける「司法傍受」と、テロが起きる前に捜査機関が予備的に行う「行政傍受」に大別される。

日本で許されているのは司法傍受のみで、平成12(2000)年、通信傍受法が施行されて可能となった。捜査現場では14年に薬物に関する2事件で初適用され、以来26年までに薬物密売事件と拳銃所持の91事件を含む99事件で、525人の逮捕に活用された。

一方で行政傍受は、一定期間経過後に運用状況を開示するなどの条件の下、世界的に広く取り入れられている。アルカーイダの出現以降、テロ防止の捜査ツールとして知られてきた。

司法傍受しか認められていない日本で、仮にテロ事件が起きたか、あるいは起きようとしている場合、現行の通信傍受法はどのように運用できるのか。

警察庁では「犯行に関与した者を証拠によって示し、裁判所で令状が出されれば、グループの割り出し作業の一環で行える可能性はある」と説明。テロ犯罪が起きた後に、傍受が可能になるとの認識だ。ただ、犯行着手前にテロ犯の動きを把握するための傍受は「法律上、できない」。

昭和61(1986)年に日本共産党国際部長(当時)宅の電話が警察官によって盗聴されたことが発覚した事件などの影響もあるとみられるが、日本では通信傍受をすべてタブー視する傾向が強い。

裁判所の令状を受けて行われている現在の司法傍受でも、憲法で保障された「通信の秘密」を侵害する行為だとの批判もある。

警視庁の幹部は「切迫したテロ情報がある場合、犯行を防止する核心情報に迫るには最も強力な手段になり得る」というが、日本で現実的な議論はされていない。通信傍受を対テロ戦に使おうとする立法思想がないのだ。

テロ情報の収集に使える通信傍受制度がない日本の現状について黒井は指摘する。「テロの完全防止は難しい。だからこそ、兆候情報を得て被害発生を減らすという発想が重要だ。世界の常識とかけ離れた日本は、諸外国との情報交換でも自前情報を提供できていないだろう」。

日本では、この不足を主に警察などの人海戦術と、組織力で補おうとしてきたのが実態だ。(敬称、呼称略)

断片情報から兆候をつかめるか? インテリジェンスのプロ育成急務 組織縦割りが壁に…


P班-。かつて、警視庁公安部でスパイの摘発などを担当する外事1課に、そう呼ばれる精鋭チームがあった。「P」はパレスチナの頭文字だ。警部以下10人に満たない陣容だったが、国際テロ情報の収集、分析、捜査の要となることが期待され、当時はほとんどいなかったアラビア語専門の捜査官も養成。国際テロ捜査を担当する現在の外事3課の中核となった。

■やられたら負け

1970年代、パレスチナの武装組織によるテロが日本でも本格的な脅威となった。P班の経験者は「国際的なテロ情勢の急激な悪化があった」と設置の背景を説明した。

昭和47(1972)年5月、後に日本赤軍を名乗る岡本公三ら3人がイスラエルの空港で自動小銃を無差別に乱射、多数の犠牲者を出した。同9月のミュンヘン五輪イスラエル選手村襲撃事件では、犯人側は拘束中の岡本の釈放を要求した。日本・パレスチナのテロ連携が強固なものと判明、日本もテロの標的となるとの危機感が高まった。

「やられた時点で負け」とされるテロとの戦いで、日本は重い敗北を経験した。

昭和52年、日本赤軍が日航機をハイジャックし、バングラデシュのダッカ空港に強制着陸する事件を起こした。警察庁は警備局内に逃亡した赤軍追跡の秘匿組織、通称「調査官室」を設置。キャリア官僚らを世界中に派遣、テロ組織の動向把握に当たらせた。日本の内外で対テロ捜査の枠組みが徐々に整えられていった。

だが、現実は残酷だった。昭和63年、東京のサウジアラビア航空事務所とイスラエル大使館近くで高性能爆薬が爆発。平成3年、サルマン・ラシュディの「悪魔の詩」を翻訳した筑波大助教授が同大の構内で殺害された。P班を含む公安部の精鋭も極秘に投入されたが、事件は未解決だ。

海外にいる邦人の安全確保の環境はさらに厳しい。日本人技師らが犠牲となった平成25年の「アルジェリア人質事件」では、情報収集力不足を露呈。政府は中東・アフリカ方面への防衛駐在官増員を決めたが、経験者は「高度な対人折衝力を備えた現地語の習熟者が不足している」と指摘する。テロ情報収集は、駐在官が得意とする軍事情報とは別の分析力が必須で、成果が出るまでには時間を要するという。

■前倒しで新組織

パリ同時多発テロによる不安の高まりを受け、日本政府は新組織「国際テロ情報収集ユニット」の設置を年内に前倒しする。

トップには外国の治安・情報機関や情報分析に精通した前警察庁外事情報部長を抜擢(ばつてき)。幹部職員は外務と防衛、警察、公安調査の4省庁から語学や地域情勢に通じた人材を登用する。

出身省庁を意識した情報の“出し惜しみ”や“縦割り発想”を排するため、身分を外務省と内閣情報調査室の兼務とするなど、制度設計にも過去の失敗に学んだ工夫が見られる。危急の課題となっている日本の対テロ強化。ユニットが新たな橋頭堡(きようとうほ)となり得るかどうかのカギは、人的資源の充実だ。

かつてのP班を知る警察庁長官経験者はこう強調した。「機関や部署間の壁を越え、必要な情報を共有し役立てる努力は続けなければならない。最も重要なのは、情報の断片からテロの兆しを紡ぎ出す“勘”を持った人材を、時間をかけてでも育成することだ」(敬称、呼称略)

外国人実習生3000人超が行方不明…国家公安委員長も共謀罪成立に前向き


「東京五輪・パラリンピックを安全に開催するのはホスト国としての責任であり、(共謀罪の成立を)慎重に検討していく必要がある」。国家公安委員長の河野太郎は、パリ同時多発テロ後、民放番組で共謀罪についてこう言及した。

米仏などイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の標的となっている国々の首脳が一堂に会する主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を来年5月に控え、警察を管理する責任者としての発言は軽くない。ただ、共謀罪を盛り込んだ組織犯罪処罰法の改正案は過去に3回廃案となっており、推進派は劣勢。官房長官の菅義偉は11月17日の会見で「これまでの国会審議で不安や懸念が示されている」と慎重な姿勢を示した。

一般的に共謀罪は組織的大量殺傷などの重大犯罪を計画したテロリストが、それを実行するために謀議し合意が成立した時点で加担した者を取り締まることができる。日本で創設の機運は盛り上がっていないが、国際社会の様相は違う。

テロなど国際的組織犯罪の防止を目指し、国連は2000年の総会で「国際組織犯罪防止条約」を採択。締結国は今年1月現在で184カ国にも上るが、日本は批准できていない。締結国に求められる共謀罪の創設に至っていないためだ。

■「弱い輪」突く

テロ封じ込めの取り組みが世界的に強化される一方、共謀罪のない国々はテロリストが突く「弱い輪」となりかねない。国内外でのテロリストの動向把握に力を注ぐ日本が、テロ防止のために尽力しているのが“水際対策”だ。

島国の日本は「水際に強い」と思われがちだが、実は幾度も破られている。

平成16年、国際テロ組織アルカーイダ傘下組織のフランス人幹部が、過去に6回も出入国を繰り返していたことがドイツでの拘束後に判明。ICPO(国際刑事警察機構)は指紋付き手配書を配布していたが、日本では当時、警察で得た国際手配者などの指紋情報を入国管理に活用する仕組みがなかった。

現在、システムは改善されているが、指紋データもない場合には警察や入国管理局など関係機関同士が、いかに情報を統合して運用できるかが問われる。

北朝鮮指導者の金正日の長男、金正男が13年に不法入国していた事件は大きな問題となった。一方、警察当局は現在の指導者、金正恩が幼少期に他人名義のブラジル旅券で入国していたことを把握。当時、情報を入手した警視庁公安部が入管法違反を視野に捜査したが、既に出国していた。

■データを構築

国際研修協力機構が今年9月、衝撃的な数字を明らかにした。26年度に技能実習で来日した外国人のうち、行方不明者が3139人もいるという。中国とベトナムが約86%を占めるが、世界最大のイスラム人口国で、「イスラム国」の浸透阻止に苦慮しているインドネシア人200人が消えたままだ。

10月、法務省はテロリストの入国阻止や不法滞在者の削減を目指して、「出入国管理インテリジェンス・センター」を開設した。

センター幹部によると、国際手配者などの外部情報と強制退去処分者など入管保有情報で、顔写真や指紋を含むブラックリストを作成。既に蓄積された年齢や出身地域、国内所在地、滞在期間など、入国時の申告情報から不正入国を図ろうとする者の状況や行動を類型化し、「ハイリスク者」発見の端緒となるデータベースも構築中だ。

国際テロリズムに詳しい公共政策調査会の板橋功は「警察と入管がそれぞれ、必要な入国者情報にアクセスできる仕組みを早急に作らねばならない」と指摘している。(敬称、呼称略)


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