2015/12/22

【中西享】新幹線の敵は地下鉄で討つ インドネシアインフラ戦争

 source : 2015.12.21 WEDGE Infinity (クリックで引用記事開閉)

インドネシアの新幹線工事の建設は中国に敗れたが、首都ジャカルタの地下鉄(MRT)の建設で日本のゼネコンが存在感を示している。世界で最悪とも言われるジャカルタの交通渋滞解消の切り札として、日本の資金、技術協力でスタートした地下鉄工事が2019年の開業に向けて本格化している。しかし、今後はインフラ案件を受注するためには韓国、中国勢などとの厳しい価格競争が予想されている。

■日本車が断トツ




ジャカルタの交通渋滞は深刻だ。通勤時間帯ともなると、車線は自動車とバイクで大混雑となり、30分で行けるところが2時間以上も掛かったりする。鉄道などの公共交通網が十分に発達していないため、移動手段は車とバイクが中心だ。今年の自動車販売台数は約110万台でASEAN(東南アジア諸国連合)の中ではタイに次ぐ市場に成長している。内訳を見ると90%以上が日本ブランド。トップはトヨタで30%以上のシェア、続いてはダイハツ、スズキの順で日本以外のブランドはほとんどない。しかし、ハイブリッド車などいわゆるエコカーはまったく見かけない。環境対策は二の次のようだ。そのせいもあって、車の排気ガスなどによる空気の汚染度合いも観測していないからデータがないようだが、かなり悪い印象だった。

世界4位の人口2億4000万人のインドネシアは、若者の人口が多く中産階級が増えることにより自動車の所有台数がさらに増えるのは確実で、交通渋滞は一層悪化する可能性が大きい。その対策として大きな期待を集めているのが地下鉄だ。

■大統領が視察




工事が行われている路線は、ジャカルタ中心部一番の目抜き通り「スディルマン通り」に沿った全長15.7キロ。総事業費が約1400億円で、日本政府が低利の円借款を供与、清水建設や大林組などが工事を担当、インドネシアでは初めてとなるシールド工法などを使ってトンネルや駅舎工事を進めている。12月上旬現在の清水建設ジョイントベンチャー工区の進捗率は50%。

幅が70メートルある片側6車線の「スディルマン通り」の交通の邪魔をせずに、その真下の工区を掘削するため、車線数を減らさずに車線を移設して道路の中央部に作業帯を確保。土砂を運ぶダンプなどの大型車両の現場への搬出入を午後10時から午前5時の時間帯に限定するなど、交通への影響を最小限に抑えている。清水建設の大迫一也建設所長は「これほど交通量の多い道路の車線を変更して地下鉄工事ができるかどうかが一番の心配だったが、交通量を妨げることなく工事が順調に進行できてほっとしている」と話した。




日本から持ち込まれた2台のシールドマシンは1日に10~12メートルのスピードで24時間体制で掘削している。円筒状の地下鉄坑道を横に掘り進めることができるシールドマシンが動き始めた9月21日にはジョコ大統領が視察、その後ももう一度視察に訪れており、インドネシア初めての地下鉄工事への関心の高さを感じさせる。次の大統領選挙は2019年に予定されている。選挙の前の18年に地下鉄が開通すれば手柄話になるという目算があるのかもしれない。そのためにも工期の遅れは許されない。

しかし中心部を南北に結ぶMRTが一本開通したからと言ってジャカルタの交通渋滞がすぐに解消するとも思えない。電車やバスなど既存の交通インフラといかに利用者にとって利便性の高い接続性を確保できるかが、渋滞解消には不可欠だ。これはジャカルタ当局が考えなければならないことだが、混雑緩和の交通インフラ整備について日本は経験とノウハウがあるから、単に技術と資金面の援助だけにとどまらず、ソフト面からも支援すべきではないだろうか。

■人件費は上昇

工事には千人を超す作業員が投入され、そのうち大半がイスラム教徒。12時前に作業所に突然、大きな音でイスラム教のお祈りのコーランのメロディーが流れた。毎日5回、10分間ほどのお祈りタイムは欠かせないそうだ。これによる作業量の低下は心配したほどではないという。

作業員の数はジャワ島ではいくらでも集められるが、難しいのがその作業員を束ねて働かせられる熟練労働者をいかに確保することだという。現在、ビルの建設ラッシュが続くジャカルタでは技術労働者は奪い合いの状況だそうだ。

さらに気掛かりなのが人件費の上昇だ。特に作業員の最低賃金は毎年20%近く上昇しており、数年前と比べると倍近い水準になっているという。人件費が予想以上に上昇すると、見積もった段階と比べて採算が悪化する恐れがある。また工事に必要な資材の一部は輸入に頼る部分があるため、ルピア安の影響でコストがかさむ部分もあるという。

■さらされる価格競争

ジャカルタでは交通渋滞を解消するためにモノレールを建設する構想があったが、資金不足から計画は中断した。数年前にこれを中国が引き継いで工事を開始したが、結局これもとん挫、現在はモノレールが走る予定だった橋脚部分の鉄筋がむき出しのままで放置されている。

しかし、日本政府が大きな期待を寄せていた大型プロジェクトの新幹線は中国に取られてしまった。日本のゼネコン関係者からは、予定されている新幹線ルートの途中には地滑り地帯があるそうで「あの部分に新幹線を通すのは相当の技術力が必要になる。中国の技術でできるかどうか疑問だ」という。

負け惜しみかもしれないが、ゼネコンとしては、いまは受注した工事案件を着実にこなして、中国がコケたら最終的には日本の出番が来るとみている。果たしてその思惑通りになるかどうかは不透明だ。

現在、東南アジアではインドネシアのほかにシンガポール、ベトナムでも地下鉄工事が行われており、清水建設は現在、この3か所で工事を請け負っている。日本のゼネコンの中では最大のシェアになっており、海外での地下鉄工事では強みを見せている。これまでの経験を生かした低コストでの見積もりにより受注を獲得し、今後はジャカルタの地下鉄の延伸工事でも受注をしたい方針だ。

今回、清水建設が受注した工事をODA案件で請け負うゼネコンは日本のゼネコンかゼネコンと地場の企業が組んだJVに限定されていた。しかし、シンガポールなどではすべて政府の資金で建設が行われており、そうなると受注するためには厳しい価格競争を勝ち抜かなければならなくなる。現にシンガポールの地下鉄工事での日系ゼネコンの獲得比率は2、3割程度にとどまるという。最近は韓国に加えて中国のゼネコンも多く参加してきており、今後は日系の比率は下がる可能性が大きいという。東南アジア以外ではエジプトでも地下鉄工事が計画されているが、ここでも事業費全体の6割は政府資金で行われており、受注するには価格競争となる。

つまり、発展途上国での日本政府が円借款を供与した案件では日本のゼネコンが工事を受注できても、そうではないシンガポールなど中心国以上の国の場合は勝ち目が小さくなる。日本のゼネコンが地下鉄工事で安定的に受注を獲得するのは次第に厳しい状況に追い込まれることも予想され、その意味でも海外事業を中期的に採算がとれる事業にしていくためには、ほかのインフラ案件、非日系プロジェクトを含めた幅広い分野での受注活動が不可欠になってくる。

ビル案件で清水建設は完成すればインドネシアで最も高いビルとなる超高層ビルのアストラタワー(47階建て)を受注、ここにはインドネシア最大の自動車・2輪車の生産・販売を主体としたアストラ社の本社ビルなどが入る。また、ジャカルタ最大のメディア企業MNCの本社やホテルが入居するメディアタワー(39階建て)などの高層ビルを受注、地元の大手オーナー企業からも信頼を得てきている。

高層ビル建設のライバルとなっているのは韓国のゼネコンで、現代建設、双竜建設などと競り合うことが増えているという。アストラタワーの沖和之建設所長は「独自の地下掘削技術などを駆使して工期の6カ月短縮を目指している。工期の短縮は施主に対して大きなアピールになる」と、ライバルゼネコンとの違いを強調する。

■海外比率20%

インドネシアでは清水建設は1975年から40年の歴史がある。80年代までは実績を挙げることができずに鳴かず飛ばずの時期が続いたが、同年代の後半からやっとビル案件などで受注できるようになり、90年代以降はインドネシア経済の発展やそれに伴う日系自動車メーカーの現地進出などにより工場やビル案件を獲得してきた。

これまでは日系の建築、土木案件が多かったが、この数年は非日系が増えている。またODA(政府開発援助)中心から技術を重視した民間が伸びており、長大橋梁やトンネル、LNGタンクなど技術力が発揮できる案件を積極的に受注していきたい方針だ。同社国際支店の大石哲士ジャカルタ営業所長は「最近は毎年150億から200億円を受注、毎年150億円前後の完工高で推移している。日系と非日系の工事比率のバランスが取れてきており、今後はシンガポールに次いでジャカルタを東南アジアの営業の核にしたい」と意気込んでいる。

同社は売上高の20%を海外事業で挙げる体制を構築する中期計画を発表しており、これに基づいて海外での受注を増やしてきている。今回、ジャカルタの現場を訪れた黒澤成吉副社長は「いまの人員を増やさずに20%を目指すように指示している」と話し、人員コストを抑えながら売り上げを増やすという難題を課している。

日本のゼネコンは2020年の東京オリンピックまでは十分な受注を抱えており、海外までは十分に手が回らないのが現状だ。その中にあって清水建設は海外受注に積極的に動いている。これは20年以降を見据えた動きで、20年以降に国内が多少落ち込んだとしても、海外で補完できるよう布石を打とうとしている。


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